18P
希の階～月の夜～
夜の木々に、普段より明るい月の光が降っている。
「そっか、今日は満月だっけ」
テントから、夜空を見上げる。
（プラチナ――もしかして、いるかな）
敵として、俺と戦った後で、来るとは思えないけど。
（でも、聞きたい事もあるし、それに――）
俺はこっそり、テントを抜け出した。
今度は山道を辿って、下から温泉を目指す。
さすがに、又落ちたくないしな。
がさがさ下生えの枝を掻き分けながら考える。
――何で俺、あいつの心配してるんだ？
あいつは敵で、近いうちに倒さなきゃ、俺が生き残れない。
それは解ってるけど。
――別の道なんて、見付けられるのか？
でも、諦めたら――全部無くなる。
あいつが、俺に来ればいいって言った。
多分、敵じゃないあいつの――初めての言葉だ。
俺はまだ――諦めたくないんだ。
この先の……可能性を。
夜の温泉は、静かで、お湯の音が微かに聞こえる。
月明かりに、湯気が沸き立つのが見える。
でも――誰もいないみたいだ。
（やっぱり――）
そう思いつつも、ちょっとがっかりだ。
「せっかくだから、ちょっと待ってみようかな」
ここしばらく忙しかったし、一人の時間もあんまりなかった。
（サフィもいないしさ……）
その所為か、みんな何時も以上に俺を構ってるみたいだ。
俺は手近な岩にぺたっと寄り掛かる。
たまにはゆっくり一人で考えたいし。
色んな言葉が、頭を回る。
プラチナの言葉、サフィの言ってた事、それに、ジルの言葉も。
――俺には未だ……難しい。
がさりと脇の茂みが揺れた。
「！」
反射的に眼を向ける。
月明かりに、銀の髪と白いマントが浮かび上がった。
「プラチナ」
来たんだ。
「兄上、はやかったな」
プラチナの言葉の響きは、前にここで会った時と同じだ。
「ううん、俺もついさっき着いたんだ」
だから俺も、普通に答えた。
「そうか」
「あれ、プラチナ、何持ってるんだ？」
何だか木の実みたいな物をいっぱい抱えていた。果物かな。
「――生っていたからな。取って来た」
「へぇー随分見付けたんだ。な、俺も食っていい？」
「――好きにしろ」
「やった！ ありがと」
あ、甘酸っぱい。初めて食べた。――まだ知らない事って多いよなー。
俺が二つめをかじっていると。
「報せは聞いたか」
プラチナが言った。
「ああ――うん、もう時間がないね」
俺達の戦いの期限を知らせるものだ。
「まだ、知らない事とかいっぱいあるのにな」
俺は、気になっている事を訊いてみる事にした。
「プラチナ、サフィがいなくなったんだ」
「何？」
「お前、何か知らない？」
プラチナは眉を寄せて、少し考え込むような顔をした。
「――俺は何もしてはいないぞ」
「そっか」
少し気が抜けた。
「そうだよな、プラチナだったら、何にも言って来ないのは変だし」
「――だが――」
プラチナは少し迷うように。
「俺の参謀については、解らんがな」
そう言った。
「ジェイド？ あいつお前に隠し事とかするのか？」
「ありえん話では無いな」
「えー俺そう言うの嫌だ！」
思わずわめくと、呆れたような顔をされた。
「……」
「何だよ」
だけどプラチナは軽く息をついて。
「――心配か？」
と聞いた。
「サフィの事？ まあね、駄目かな？」
「……」
「？ ――そう言えばさ、プラチナは〝自分以外は気を許すな〟って言ってたよな。〝例えそれがどんなに優しい生き物でも〟ってさ」
「ああ」
プラチナはうなずいた。
「俺には、お前の言ってた意味、まだ良く解んないんだ。でも、お前が言ってた事は、ちゃんと覚えてる」
俺は自分の正直な気持ちを伝えた。
「……」
「お前がいい加減な事言うとは思わないよ。でもさ、そういうのって、辛くないか？」
「王という立場には必要だろう」
「でも俺、仲間を信じたいよ。あいつらといると楽しいし」
そう俺が言うと。
「……確かに、兄上は何時も楽しそうだな」
と、答えが返った。
「何時もって訳じゃないけどさ。俺だって悩みぐらいあるし」
「とても、そうは見えないがな」
俺はプラチナを見て瞬いた。
「そうか？ でも楽しめる事は楽しんだ方が絶対得だよ。これでお前と戦うんじゃなければもっと楽しいんだけどな」
「――だが、俺達には他の誰かの命が掛かっている。お互い、それは裏切れまい」
「……」
脳裏に、仲間達の姿が過ぎる。
「俺は、そう考えた。――では、答えは出たな」
でも、プラチナ。
「でも、せっかくここにいるんだから。プラチナも楽しめる事は楽しんでおいたら？ その方がきっと、生きてて良かったって思うよ」
例え、どんな結果を迎えるとしても。
「……誰しも、兄上の様にはなれない。俺には出来ん。だが……」
プラチナは一度、言葉を止めて。
「お前のそういうところが、俺は少し羨ましい」
俺が、羨ましい？
プラチナが続けて聞いた。
「お前は、王になった後の事を考えた事があるか？ お前なら、永い孤独にも、笑っていられるのかも知れないな」
「そんな事ないよ。俺だってこの先どうなるか考えたら、怖いもん」
「……そうか」
プラチナの表情が、少しだけ緩んだ。
「あ、笑った。初めて見るな」
「そうか？」
「何時も仏頂面だったぞ」
そう指摘すると。
「敵の前で笑える方が変だろう」
「だったら、味方の前だったら笑うのか？」
「……」
プラチナはちょっと沈黙した。
「何かお前、普段も笑わない感じがしてさ」
「……性分だ」
「やっぱり」
月明かりに照らされたプラチナの顔は、何だか青ざめて見える。
「プラチナ……、大丈夫？ 何だか顔が蒼いよ」
「月明かりの所為だ」
「そうか？」
プラチナの顔を覗き込む。
「敵の心配などしてる場合か」
「でも、心配だよ」
何で心配なのかはよく解らないんだけど。
やっぱり兄弟だからなのかな。
プラチナと戦うのは嫌だと思う自分も……確かに存在している。
だけど。
「俺は、手加減はしないぞ」
プラチナの、宣戦布告だ。
「――うん。俺もしないよ」
この時俺は、一つの決心をしていた。
生き残る為だけが目的じゃないんだ。
「本気じゃないと、お互い嫌だしね」
前みたいな、中途半端な思いはしたくない。
プラチナが告げた。
「もう、ここへは来ない。次に会う時は、敵同士だ」
「プラチナ」
「それまで、死んだりするな。――ではな」
「プラチナもね」
去っていく後ろ姿を見送りながら、俺はもう一度、戦う理由を見つめ直していた。
前のページへ 次のページへ 目次へ 入り口へ戻る トップページへ戻る