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「……ふう これでよし」
こっそりテントに戻って着替えた俺は、テントの外を足音が通るのに気付いた。
テントから頭を出して、声を掛ける。
「ベリル？」
「やあ、アレク」
ベリルは足を止め微笑みを向けた。
「どこ行って来たんだ？ ……何か、酒くさいぞ、お前」
「固い事言わないでおくれよ。……酒は百薬の長と言うものさ」
独特の、のらりくらりとした口調。
「……お前って時々じじむさいよな。だいたいお前、年いくつなんだ？」
外見は俺と同じ位だけど、奈落で見掛けは当てにならないって言うし。俺だって生まれて二年だし。
「さぁて。しかし〝じじむさい〟とはね。一体どこでそんな言葉覚えるんだい」
「本。サフィが持ってる奴」
俺がそう答えると。
「……勉強の仕方を変えたまえ」
「え？」
「――来たまえ」
そう言うと、ベリルはぐいと俺の腕を引っ張った。
「わっ どこ行くんだよ？ こんな時間に出ると、サフィが怒るぞ？」
もう日が沈みかけている。
「いいから。君には少し経験が必要だよ」
そう言ってベリルは夜の街へと俺を連れ出した。
「いいかい？ 僕はこれからこの街のどこかに隠れる。……夜半までに僕を探して、見付けたまえ」
「えﾞ……結構広いぞ、ここ」
そう言うと。
「広さはさして問題じゃないよ。……少し一人でもまれてみたまえ。――夜半までに見付けられないと、酷い目に合うかも知れないよ……？」
ベリルは意味深な笑みを浮かべる。
「ひ、酷い目って……？」
「さてね。何なら試してみるかい？ ……面白いからね……僕が」
「ベ、ベリル！ 何だよ面白いって！」
「ふっ……じゃあ、待っているよ。アレク」
そう言うと、ベリルの姿がかき消えた。
「何なんだよ、全く。ベリルって、何時もちゃんと答えないよな」
――そう言えば、あいつの願いって何なんだろう。あんなんじゃ、ちっともわかんないよ。
「よーし、こうなったら見つけて問い詰めてやる！」
あいつの事だ。多分、酒場だ。
（でも、酷い目はヤだよな……）
今日はもう、結構酷い目にあっている。
俺は気を付けながら、酒場を探し始めた。
「見、見付けたぞ……酒場……」
何でこんな事やってるんだ？ 俺……
〝酒場ってどこ？ おばさん〟って声掛けたとたんに、すげー形相で追っ掛けられたし……。
途中で酔っ払いにからまれたし……。
何が〝酒は百薬の長〟なんだよ！ ベリルの奴～っ！
俺は派手な音を立てて扉を開け放ち、酒場に飛び込んだ。
――在た！！
「ベ～リ～ル～ッ！！」
横の方のテーブルで、グラスを傾けている水色の頭がこっちを向く。
「やあ、遅かったねえ」
「ふざけんな！ 俺をこんな目に合わせやがって！ すげー疲れたんだからな！」
「それはそれは……ご苦労様……」
「うわ……お前、何本飲んだんだよ？ 酔ってるだろ！」
テーブルの上に、空のビンが並んでいる。
「だって君があんまり遅いからさ……。ねぇアレク……。探されるというのは……いいものだと思わないかい……？」
「……？ ベリル？」
ベリルは少し遠い眼をして微笑っていた。
「……どうだった？ 一人で歩く、奈落の吹き溜まりは……さ」
「よく……わからないよ。でも……色んな奴がいるね。――俺って結構、恵まれてるのかな、って……」
「……そうかい」
俺はベリルの隣に座った。
「ベリルってさ……本当は何才？ 精霊とかってすげー長く生きるらしいけど、もしかして、お前もその類？」
「……僕は正真正銘、奈落の民さ……」
「魔人？」
そう訊くと。
「……僕はね……十四才なんだよ～」
「嘘つけ！ そんなにじじむさくてたまるか！」
「そんなに歳なんか気になるのかい……？」
「年がって訳じゃないけどさ。ベリルって何時もちゃんと答えてくれないじゃないか」
そうこぼすと。
「……性分でね。こうして仲間として時間と空間を共有しているだけでは、不満かい……？」
「だって、せっかく一緒に在るんだからさ。寂しいだろ？ 何も知らないのはさ」
「……ごめんね」
「え？」
何で謝るんだ？
「いいや……君が王様になったら……解るかもね……」
「今知りたい。何だか水臭いよ」
そう食い下がると。
「……何時か解るよ。……我慢したまえ」
ベリルの声は、あくまで柔らかい。
「……ベリル。俺が願いを叶えたら、ベリルは幸せ？」
ベリルの願いを当てて叶えるのが、味方になる条件だったけれど。
「――解るのかい？」
「ううん。だから探してる。――色々」
「――頑張りたまえ」
「やっぱり答える気は無いんだな。――俺さ、探したい事一杯あるんだ」
「……」
ベリルは黙って俺の言葉を聞いている。
「何が正しくて、どうすればいいのか。俺はちゃんと、大事な何かを守れるのかな……」
「……」
「解らない事、沢山あるよ」
ベリルが口を開いた。
「……生まれてまだ数年だからね。……これからさ。――アレク」
「何？」
「僕は君を、仲間と思っているよ」
「当たり前だろ？」
仲間になったんだから。
「……そうだね。……でも……言いたくなったんだよ」
「……うん、ありがとう」
「さて、そろそろ帰ろうか。酒も尽きてしまった事だし、参謀殿は意外に怖いからねぇ」
そう言いつつ、立ち上がる。
「そう思うなら、止めろよな～」
「まぁ、口八丁は十八番（おはこ）だからね。なんとかするさ」
「そうしてよ？ サフィ怒ると長いから」
そう言うと、ベリルは笑った。
「あはは、そうだねぇ。じゃ、帰ろうか。――次は君もお酒を付き合っておくれよ」
「……お酒嫌い」
俺がそう言うと。
「酒はいい物だよ？ ……まだ子供だねぇアレクは。一度試してみたまえ。いい酒をさ……」
「も～～酔っ払いも嫌いだ！ いーから帰るぞ！！」
俺はベリルを引っ張ってテントまで帰った。
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