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派手な水音と同時に、固い物に身体がぶつかる感触がした。
ごぽごぽっ……
そして温かい水の感触。――って言うか息できないぞ！？
「っ！」
ザパッ！
慌てて跳ね起きた。
「げぼっ……お、お湯飲んだ……いて―」
頭に手をやって、顔を上げると、辺りに湯気が立つお湯が満ちている。
「……温泉？」
「……兄上？」
「……え？」
上から降って来た声に眼を向けると、人影がある。
長い銀の髪を下ろした――
「ぷ、ぷらちな！？ 何でこんなトコに！」
指差して叫ぶと、青い瞳が迷惑そうに細くなる。
「それはこっちのセリフだ。いきなり上からお前が降って来た」
「降って来た？ あ、そっか、俺、突き落とされて……」
「……？」
プラチナが不信気に眉をひそめる。
「追いはぎに襲われちゃってさ。あー失敗した！ サフィに怒られる～！」
「……一人で行動していたのか」
「うん、たまにはね」
「不用心過ぎる。――自業自得だ」
「何だと！ お前だってそうじゃないのか！？ 一人だろ！」
指摘すると、しれっとした声で、
「俺は、お前とは違う」
「むかっ！ 何が違うって……あ」
そこでようやく、プラチナがいつもの青いスーツやマント姿ではなく、白の浴衣を着ている事に気付いた。
「プラチナ、温泉に来たの？」
「……ここに来る理由が他にあるか？」
「あ、はは……そっか。でもいい所だね、広いし貸し切り状態だよ」
バシャバシャと足で湯を跳ね上げる。
「人気はほとんど無いな。たまに獣が来るぐらいだ」
「ふーん、何で？ いい所なのに」
「普通の者ではここまで登っては来れまい。後はお前の様に上から落ちて来る位だ」
思わず上を見上げて、眉をしかめた。
「うわっ、すげー上の方にある。……よく生きてたなー俺。……あれ？ でもここって浅瀬しかないよーな……」
今度は足元を浸すお湯に目をやる。
どー見ても膝までしか無い。
って事はもしかして……
「……お前が助けてくれたの？」
俺はプラチナが風を使う事を思い出していた。
プラチナは僅かに眼を伏せる。
「お前だと思わなかった。徒の偶然だ」
「でも、助けてくれたんだ。ありがとう、プラチナ」
「……あまり気軽に出歩くな」
プラチナはそう言うと背を向ける。
「あ、ちょっと待った！」
思わず声を掛けた。
「何だ」
「もうちょっと話せない？ ……お互い参謀無しで会うのって初めてだろ？ 俺達」
「確かに、そうだが……」
プラチナは歯切れが悪い。
「俺、ずっと気になってた。お前がどんな奴なのか。――お前は気にならない？」
「ならないな」
「えー」
あっさり言われて、思わず不満の声を上げた。
「これから殺す相手の事を知ってどうなる」
「そうだけどさ……」
「知ってしまえば、徒、辛くなるだけじゃないのか？」
「……プラチナ……」
少しだけ哀しくなる。
俺は近くの岩場に座った。
「……でも俺は、お前と戦いたくないんだ。……本当は」
つぶやくように告げる。
「…………」
「お前が憎い訳じゃないし、嫌う理由も無いから」
「……俺にだって無い」
「だったら、何で俺達戦ってるんだ？ 変だよ！」
プラチナは冷静な眼差しを向ける。
「玉座が一つしか無い以上、俺達はお互いを消すしか存在理由は無い。……そうだろう」
「だけど……何だか納得いかないよ。自分の意思で戦ってる感じがしない。……もし、俺が降りるって言ったら、俺達、戦わなくて済むかな……？」
俺の疑問にプラチナは少しだけ考える素振りを見せた後。
「……解らない」
そう、答えた。
「うん、俺も解らないよ。……でも俺、諦めたくないな」
「何をだ？」
「俺達が戦わなくて……ううん、殺し合わなくて済む方法」
「……」
プラチナは沈んだ表情でうつむいた。
俺は空を見上げて。
「あーあ、何で二人なのかなぁ。――お前の事、嫌いじゃないんだけどな」
俺は頭から水分で重くなった帽子を外し、後ろでくくった髪の毛を絞った。
びしょびしょと水滴が落ちる。
プラチナが黙ったまま、横の岩に腰掛ける。
長い髪が岩の上に落ちる。
そう言えば、プラチナが髪下ろしてるの初めて見るな。
俺は背にかかるくらいだけど、プラチナは腰よりずっと長い。
「プラチナ、すごい髪長いよな。邪魔じゃない？」
「――俺は、生まれた時からこうだったからな」
「そっか」
俺は納得してうなずく。
「兄上は――」
「俺も、目覚めた時からこうだよ。――俺達、生まれた時からこの姿……なんだよな」
確かめる様にそう言うと、プラチナもうなずいた。
「……ああ。そうらしいな」
「どうして、なんだろ。――普通は、違うんだよね」
「……」
「生まれ方の違いなんて、ささいな事だってサフィは言うけど、やっぱり気になるし」
「……」
プラチナの眉を寄せた沈黙に、俺はつけ足す。
「あ、別に答えて欲しいんじゃないんだ。でも、似てないよねぇ、俺達、全然」
「……そうだな」
銀の髪で、背が高くて、青い瞳のプラチナ。
俺は金の髪で、赤い眼で――――何で俺だけこんなに背が低いんだよ、全く。
「……どっか似てるかな」
「……さあな」
「けどプラチナはさ、俺のこと、〝兄上〟って呼んでくれてただろ、ずっと」
そう、最初に会った時から。
「徒の立場だ」
「でも、名前とか、〝赤の王子〟 とかじゃなかった」
「……」
再びプラチナは黙り込む。
「お前には、大した意味は無かったのかもしれないけどさ」
「……」
俺はプラチナに提案してみた。
「ねぇ、お前も考えてよ。俺達が殺し合わなくて済む方法」
「……」
「それともお前は俺の事嫌いで、考えたくない？」
プラチナは僅かに眉をひそめる。
「……いや……解らない。――考えてはみよう」
「プラチナ」
自然と声が明るくなる。
「ただし、考えるだけは、だぞ」
プラチナは念を押す様に言った。
「うん、それでいいよ」
俺は岩から立ち上がる。
「今日はありがとう。プラチナ」
「……月が真円になる夜は、ここに在る。……気が向いた時だけだがな。――お前も気が向いたら来ればいい」
「解った。……又会おうね、プラチナ」
俺が微笑んでそう言うと、プラチナは念を押した。
「……参謀には内緒だぞ。解ってると思うが」
「うん、解ってる！」