仲間と呼ぶ存在（もの）
それから三ヶ月。
フリックが湖の城を訪ねて来た。
初代リーダーであるオデッサ・シルバーバーグの死を、その兄であるマッシュの口から知ったフリックはそれを信じられない様子で。
「俺はオデッサに話しに来たんだ！」
と、僕を睨んで怒鳴った。
「俺はお前をリーダーとは認めない！！」
そう叫ぶと城を飛び出して行ってしまった。
あれで二十歳過ぎてるなんて詐欺だよなぁ、絶対十代だと思ってた。
僕は怒りを感じるでもなく、徒その後ろ姿を見送った。
「デュオン、あれでもあいつは副リーダーだ。ちゃんと話し合うべきだろう」
ビクトールがそう言った。
「……そうだね、でもそれは明日にするよ。今日位一人にしておきたいんだ」
直ぐに追いかけても逆効果な気がしたから。少し位哀しむ時間があってもいい。
オデッサは、優しくて真っ直ぐな人だった。
故郷である帝国と父上のこと、テッドのことで迷っていた僕に道の一つを示してくれた、尊敬出来る人だから。
皆の期待に時々逃げ出してしまいたくなると、こっそり教えてくれたサラディの夜が思い出される。
それでもそれを見せずに、最後までリーダーとして解放軍の未来を憂いていた強い人だ。
フリックが慕うのも当然だろう。そしてその死を認められないのも。
「オデッサに何かあったらタダじゃすまさないからな」
そう言われていたのだから。
アジトが帝国兵達に襲われ、死の間際、僕はオデッサからフリックへの伝言を預かっていたのだけれど……今はそれを伝えない方がいいような気がしていた。
「そうか、お前がそう決めたならそうすればいい」
ビクトールはそう言ってくれた。
そして次の日、もう一度フリックと話をしにカクの町へ向かった。
帝国と闘うには互いの協力が必要だと。
フリックも、少しは落ち着いた様子で、今度は話を聞いてくれた。
やはり僕のことはリーダーとは認められないとは言っていたが、そのために城に来た目的を見失ったことは一晩で反省してくれていたようで。
何とか一緒に戦うことに同意して貰い、これで旧解放軍のメンツは全て新たな居城へと移り変わった。
もっとも、オデッサから譲られたリーダーの証であるイヤリングについては、見る度に複雑そうな顔をされるので、会議等の必要な時以外はペンダントにして服の中に隠していたのだけど。
フリックにとって、僕はオデッサの代わりにもなれない存在で、それも仕方ないことだと思っていた。
仲間と呼ぶ存在（もの）
僕達は、スカーレティシア城の毒のバラの攻略に挑んだ。
偵察隊のメンバーを選んでいる時。
「グレミオ、お前はここに残れ」
長年の勘で嫌な予感がするとビクトールが言った。
「デュオンももう子供じゃないんだ」
だが、グレミオは強引に付いて来た。
そして、嫌なことに、ビクトールの勘は当たった。
ソニエール監獄に毒バラの解毒薬を作れる名医のリュウカンを助けに行った時。
ミルイヒの蒔いた人食い胞子から一行を庇って犠牲となってしまった。
光の消えた名前。
本当にビクトールの勘は当たるんだな……。
ショックに打ちひしがれそうになる自分を無理矢理鼓舞して立ち上がりながら、ぼんやりとそんなことを思った。
「行こう」
そう言って部屋を後にする。
「ん、そうだ――ちょっと待っててくれ」
ビクトールがその場に僕等を残し、引き返す。
やがて戻って来ると。
「待たせたな。さぁ行こうぜ」
いつものように言って、僕等を追い立てた。
その時の僕にはビクトールの行動の真意が解らなかった――。
仲間と呼ぶ存在（もの）
その後、本拠地に戻った後、部屋の近くでフリックを見かけた。
「どうかした？ 何か用事？」
そう声をかけると。
「お前、グレミオが死んで辛くないのか？」
と、ストレートに訊かれた。
辛くないわけないだろう。
わざわざ傷を抉るようなマネをしなくても……と内心思ったが。
フリックは、僕をリーダーとは認められず、僕がその器かどうか見定めるためについて来ていたのだ。
悪気ではなく、あくまで真面目に訊いている様子だったので、言葉を返した。
「どうして？」
「いや……城に戻ってから、あんまりいつもと同じだから……無理してるんじゃないかと……」
言葉を濁したフリックに僕は思わず苦笑した。
「そりゃ哀しいよ。でも……見せられないだろ？ 一応リーダーなんだから」
「！」
フリックは目を見開いた。
そして何かを思い出すように沈黙した後。
「……オデッサがお前を選んだ理由が解るような気がする」
フリックはそうつぶやいた……。
「フリック……？」
「いや……お前も今日はもう休んだ方がいい。オデッサの代わり……しっかり務めるんだぜ」
「！ うん……ありがとうフリック」
自分は代わりにさえなれないと思っていたのに。
それは少し意外な言葉で。僕は思わず礼を返していた。
「僕でも代わりに……なれるのかな？」
「――え？」
つぶやいた言葉にフリックが聞き返す。
「いや、何でもないよ」
軽く首を振ってそう言うと。
「デュオン……」
フリックは物言いたげな視線を向けて。
「お前もあまり無理ばかりするなよ」
フリックは矛盾するようなことを言う。
「オデッサさんの代わり、しっかり務めろとか言わなかったっけ？」
「いや、言ったが……」
フリックは少し困った様子で。
「休むのも、務めのうちだろう？ 無理すればいいってものじゃない」
「まぁ、そうだけどね」
「俺だって一応副リーダーなんだ。辛いときはそう言ってもいいんだ」
向けられる理想と優しさ。
矛盾する二つにどことなく心が揺れる。
だけど、フリックだからこそ、見せたくないこともある。
「オデッサさんの時はどうだった？」
そう訊いてみると。
「え？ 俺は……もっと自覚を持てと叱られてばかりだったからなぁ……」
その言葉に思わず苦笑した。
もしもオデッサもフリックに弱みを見せられていなかったのだとしたら。あのサラディの夜に聞いた言葉は、本当に、僕とオデッサだけの秘密だ。
「笑うなよ」
「ごめんごめん。でもフリック。リーダーとしての僕と、少年としての僕。お前はどっちが見たいんだ？」
「！ それは……」
ハッとした様子の後、フリックは考え込んでしまった。
「いや、そんなに悩まれると、訊いた僕としても困るんだけど」
そう言うと、フリックは顔を上げて言った。
「あ、ああ悪い。その二つはそんなに違うものなのか？」
「多分ね」
自分の言動と想いが矛盾している時があること位は自覚している。
「俺にはそうは思えないんだが……」
そう言うフリックに、告げた。
「リーダーでいられるなら、無理ぐらいするさ」
「デュオン……それでも……俺は……」
悩むような沈黙の後。
「少年としてのお前も……見てみたいと思う」
「失望するかも知れないよ？」
「それでも……何も言わずに無理されてるよりはマシだと思うからな」
その言葉にため息をついた。
「全く……お人好しだね、フリックは」
「たまに言われる」
「しょっちゅうの間違いじゃないのか？ でも、まぁ……覚えておくよ」
そう言うとフリックはうなずいて。
「ああ、あまり独りきりで思い詰めるなよ」
「解った」
そう答えると、フリックは納得した様子で戻って行った。
少しは僕のことを認めて貰えたと言うことなのだろうか……？
それからは少しずつフリックとの会話も増えて行った。
だけど僕はやっぱり〝少年としての僕〟は見せられないままだった。
率直に言うと、失望されるのが怖かったのだ。
フリックは〝何も言わずに無理されてるよりはマシ〟だと言ってくれていたが……。
それでもせっかく上手く行きかけているこの関係を壊したくはなかったのだ。
僕は自分の心の弱さに内心苦笑いを浮かべながらも、次の戦いに挑んだ。
仲間と呼ぶ存在（もの）
リュウカンが作った解毒薬のお陰で、グレミオの弔い合戦でもあるスカーレティシア城の攻略に成功した。
毒のバラを焼き払うために城に乗り込んだメンバーの中に、フリックとビクトールも志願して入っていて。
そしてフリックは時々、僕を見ては何か考えているような様子を見せていた。
やはり僕がリーダーとしての器かどうか見定めてでもいるのか、それとも何か言いたいことでもあるのだろうか？
多少気になりつつも、毒のバラを焼き払うと、ミルイヒも、クワンダ同様、ウィンディのブラックルーンで操られていた様子だ。
それでもビクトール達は正気に戻った彼を許せないようだった。
「デュオン、お前はどう思う」
フリックが僕に意見を求めてきた。
多分、初めてのことだったと思う。
「……」
僕も複雑な物はある。ミルイヒの行動によって、グレミオは命を落とすことになった。
だけど僕は――ミルイヒを、許すことにした。
全てを仕組んだのは宮廷魔術師、ウィンディなのだから。
「だがデュオン！」
納得いかない様子でミルイヒを斬ろうと踏み出したビクトールを、フリックが止めた。
「よせ、ビクトール。リーダーが決めたことだ」
「フリック……」
フリックは初めて、僕のことをリーダーと呼んでくれた。
そして僕を真っ直ぐに見詰めて。
「もうお前を、代わりだとは言わない。リーダーはお前だ」
そう宣言したのだ。
「どうしたんだ急に……何かあったのか？」
思わず問い返すと。
「急じゃないさ。ずっと考えてた。祖国を敵に回し、大事な者を失ってもなお私情に流されずに進めるお前は強い。リーダーに相応しいさ。今だって私怨に走らず真実を選んだだろう」
その言葉に微かに微笑む。
「そんな立派なことじゃないよ」
内心はかなり複雑だったのだから。
「いや、誰にでも出来ることじゃない。……俺はお前にみっともない所ばかり見せていたから……言いそびれていたんだ」
フリックは少し決まり悪そうにうつむいてそう答えた。
「フリックのそういう正直さはいい所だと僕は思うよ。それに僕が強いとしたら……みんなのお陰だから。――これからも宜しく、副リーダー殿」
そう言って手を差しだすと、フリックは真っ直ぐにうなずいて、手を握り返してくれた。
「ああ」
この時、やっと、フリックと本当の〝仲間〟に……リーダーと副リーダーになれた気がした。