仲間と呼ぶ存在（もの）
――理想や平和なんて、そんなにしてまで手に入れなければならないものだったのか……？
帰還した僕の耳には、仲間達の歓声も素通りした。
マッシュがいるテントの布をはね上げて入ると、真っ直ぐに歩み寄る。外のざわめきのせいか、マッシュは未だ僕に気づいていない。
その枕元に立って、囁いた。
「……知っていたよ。あなたの迷いも、それでいて決めたら妥協出来ないことも。知っていて……何も出来ずにいた。犠牲になどしたくはないのに、それでも僕にはあなたが必要だった……」
マッシュの視線が僕を捕らえる。
「私には過ぎた言葉ですデュオン殿。言った筈です。私は妹の目指した物を叶えたかった。そのための犠牲は問わないと」
「確かに……戦いには勝った。けれど、そのために我々が犠牲にしたものは決して小さなものではなかった筈だ。むしろとても大事なものではなかったのか？ マッシュ、こんなことは……軍主としてとても言うべきことではないのだけど……。理想や平和とは、そんなにしてまで、手に入れなければならないものだったのか……？」
僕の問いかけに、マッシュの声が僅かに緩んで。
「あなたは良くやってくれました」
だが、僕の声は辛さのせいで、あくまで固かった。
「……あなたがいたからだ。僕の迷いも弱さも知った上でフォローしてくれていた。それなのに、僕の望みは叶えてはくれないのか？ 逝ってしまうのか？ あなたも」
「申し訳ありません」
「なぜ、誰も彼も自分を犠牲にするのか……勝手な期待など、背負えはしないのに」
「……」
僕は言いにくい言葉を何度かためらった後、それでもハッキリと告げた。
「マッシュ。僕は……この国は負えない。盾になってくれたフリックやビクトール、期待してくれた皆には悪いけれど。僕は……答えを探しに行く。許してくれますか？ ……マッシュ」
僅かな間。
「それが……あなたが決めた道ならば」
それを聞いて僕の表情と言葉は僅かに緩んだ。
「……ありがとう。……本当は残れたらいいのだけど。僕はここをこの紋章（ソウルイーター）を中央に据える国にはぜひともしたくない。曲がりなりにも僕は……この国が好きなんだ」
「その言葉だけで十分です。……託しても、構いませんか？ あなたが……我々の答えを見つけ出すことを」
僕は応える。
「保証は出来ない。だが……引き受けよう。探し続けるよ。僕には……その位しか出来ない……」
「デュオン殿……」
マッシュは手を持ち上げ、僕の手を取った。
「どうか、お忘れなきように。我々は決して理想のみのためにあなたに集ったのではないことを。あなたに迷いなき平安と幸福を……願って……」
「……マッシュ……？ ……あぁ、解っているよ……」
既に答えを返さないマッシュに告げる。
そして、マッシュの側に控えていたリュウカンを見て頼んだ。
「リュウカンさん……今の話、皆には黙っていて貰えますか？」
リュウカンは解っている風にうなずいた。
「……済みません。マッシュ殿のことも……お願いします」
そう言うと、僕は静かに天幕を出て行った。