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過去の記憶〜御園生櫂編〜
僕の記憶は若林研究所から始まる。それ以前に何処で過ごしていたのか、僕は知らない。
若林研究所――其処は無機質で……冷たい場所だった。
でも僕は其処で――凪に出会った……。
其処には同じ年頃の子供達が集められていて……だけど僕は、誰かを探していたんだ。それより以前の僕は……幸せだったのかも知れない……。
夜、僕は一人で眠れずに、何かを探していた。
その時開いた扉の向こうに、僕たちより少し大人っぽい凪がいたんだ。
「どうしたの？」
「えっと、さがしてるの」
「探してるって何を？」
その時には僕は、もう何を探していたのか思い出せなくなっていた。
「ええと……わかんない」
「おかしいな、さがしてるのに、わからないの？」
でも、凪の声は暖かくて。
「わかんないけど……みつけないと……寂しくて眠れない……」
言葉にすると、ますます寂しかった。
「君、風間櫂くん、だよね」
「……うん」
びっくりした。この子は僕の名前、憶えてくれてる。
「ええと……」
僕は彼の名前を知らなくて、少し恥ずかしくなった。
「僕は、上杉凪」
うえすぎなぎ。僕は忘れないように繰り返して呟いた。
「おいでよ、一緒に寝よう。そしたら寂しくないでしょ？」
「いいの？」
「うん」
僕は凪のベッドにもぐりこんだ。
「あったかい……」
どこか懐かしいぬくもりに、そっと目を閉じた。
僕と凪は、友達になった。
だけどしばらくしてから、グループが二つに分けられ、別々になった僕たちは、あまり会えなくなった。
「グループ別れちゃってから、あんまり会えないね。櫂はどんなことしてるの？」
「べんきょう。算数とか英語とか、色々。凪は？」
「……僕は……、うん、似たようなものだよ」
「……ふうん……？」
少し、凪の声が沈んだ気がした。
凪が、ふと思い出したように、言った。
「そう言えば櫂、お兄さんがいるんだよね？」
「え？ 僕知らないよ？」
「知らない？ でも櫂が言ったんだよ？ ――って」
「知らない！ そんなの知らないっ！」
「櫂？」
「憶えてちゃいけない……忘れてなきゃ駄目なんだ！！ 僕は……知らないっっ！！」
「櫂……ごめん、もう言わない。櫂は知らないね……、なんにも知らない」
「僕は……知らない……」
僕は……何を……？
そのうち、グループの子供達が次々といなくなっていった。
しかも『そんな子は最初からいない』ってスタッフの人たちは言った。
……おかしい……。
僕は、凪を探した。
不安に駆られながら探し出した凪は、鎖につながれていて……。
「凪！？ 何で鎖になんかつながれてるの！？ 大丈夫！？」
「……能力開発……の為だって……」
「能力開発？」
「うん……」
「他の子達も……？」
「わからない……全然会えなくて」
「そうなんだ……。でも凪がいて良かった。僕のグループのみんな、次々いなくなっちゃって……。
聞いてみても、『そんな子はもともといない』って……」
「もともといない……？」
凪は考え込むような表情をした。
「うん」
その時、近付いて来る足音が聞こえた。
「櫂、戻った方がいいよ」
「――うん」
「また会えるかな」
「――夜になったら、抜け出してくる」
「うん」
だけど、次の日、僕は御園生家に引き取られて――凪とは会えなくなってしまった。
養父は厳しい人で……苦手だった。だけど僕は、それ以上に見捨てられて在場所が無くなってしまう事が、酷く怖かった。世界に自分の在場所は無いと、感じていた。
そんな、ある時。僕は御園生の屋敷で地下室を見付けた。其処には……。
「……凪？」
僕は一瞬ぽかんとした。
「どうして……研究所にいたんじゃなかったの？」
「櫂……？ 君こそ……」
「ここは……僕の家なんだ」
「櫂の……？」
「うん……ごめんね、約束したのに会いに行けなくて。あの後直ぐにこの家に養子に出されて……」
「いいよ、何か事情があるんだろうと思ってた。――研究所はね、閉鎖されちゃったんだ」
「閉鎖……凪、怪我してるの？ 大丈夫？」
「大丈夫だよ、僕のグループの浩平君が『暴走』して、その時に怪我したんだ」
「『暴走』？」
「僕もよく解らないけど、『暴走』すると、ものすごい力が出て、建物とかも壊れちゃうんだって。
それで研究所も閉鎖されちゃったんだ。
――僕の能力開発は一応成功したらしいけど……コントロール出来なくちゃいけないから、しばらく此処にいろって……。 ねえ櫂。もしかしたら僕も……『暴走』するのかも知れない……。僕って、変かな。普通の人と違う？」
「そんなことないよ！ 凪は全然変じゃない」
「櫂……。ありがとう。――櫂、君……お兄さんがいるんだよね？」
「え？ 僕は一人っ子だよ。兄弟なんていないよ？」
「…………」
「え？」
……忘れちゃってるんだ……と聞こえた気がした。
「ううん……。櫂、僕のこと、忘れないでいてくれる？」
「忘れないよ。当たり前だろ？」
「――うん。でも……忘れないで。僕は櫂を助けるからね」
「ありがとう。また来るよ。今度は必ず」
「待ってる」
そして今度は、約束を守ることが出来た。
僕は御園生コンツェルンの理事長代理になった。体調を崩した養父の代わりに。
会社経営の為に、それなりに非情な手段も取って来た。
そんなある日、あいつが……会社のコンピュータにハッキングを掛け、乗っ取りを仕掛けてきた。
そして、養父を助ける為に、僕にＦ県山中にある遊星学園への転入しろと強制して来た。
正直に言うと、かなりソリの合わない養父だったのだけれど。一応恩はあるし、見捨てるには忍びなかった。
こうして僕は、かなり不本意ながら遊星学園に転入した。一ヶ月と少し前になる。
それにしても……あいつの本当の目的は……一体何なんだ……。
未だに見えないままだ……。
――夢を見た。遠い昔の……。
僕の傍には誰か在て……とても落ち着けた。その人が在れば、寂しい事も、怖いこともない。
その人は僕の前をいつも走っていて……、約束してくれたんだ。どんな時もずっと一緒にいるって。
独りにしないって。
…………なのに何で、僕は独りなんだろう？
……辛くて、苦しくても。誰も在ない。誰も助けてはくれない。
夢の中で、幼い僕は泣いていた。約束を破った、その誰かを責めて。
――今までも、これからも、独り。
独りで生きていくしか無いんだ……。
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