Ｐ１０

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「あはは……」
「翔こそピーマン食える様になったのかよ？」

「ぐっ……」

「あっはっは」
　俺達は顔を見合わせて笑った。
「ったく変わってねえな、俺達！　ガタイはでかくなってるけどさ」
「翔は今もあんまりデカイ方じゃねーよな」
「うるせー！　毎日牛乳飲んでるんだぞ！」
「へー続いてるんだ」
「そーだよ！」

　キーンコーンカーンコーン……

「ってやべっ！」
　俺達は教室にダッシュした。

　歴史の授業の時、俺は教室に来た東堂先生にお礼を言った。
「東堂先生、昨日は助けて下さったそうで、ありがとうございました」
「いや、羽村、怪我は大丈夫なのか？」
「はい、もうすっかり」
「そうか、よかったな」
「はい！」

　五時間目は書道だった。俺は特待生だから無償貸与だという事で、習字道具を渡してもらった。
　他のみんなは、中学の時使ってたものらしくて、バラバラだけど、杏里だけ、俺と同じ、遊星学園の校章入りの習字道具だ。
「杏里も同じ習字道具だな」
「あ、うん。僕も特待生だから……」
「そうなんだ」
「でも、それは僕の家、母子家庭で貧乏だから……。僕フルートしか出来ないし」
「ご、ごめん」

　何か悪い事聞いたかな。

「ううん、気にしないで」
「でも杏里、寮生活でお袋さん一人なのか？」
「お母さんは……入院中だから」
「うう……ごめん……」

　ますます墓穴を掘ったみたいだ。

「いいってば、翔君」
　……俺は精神統一して、書道に励む事にした。

　授業が終わると、寝屋川先生が話し掛けてきた。
「羽村君、今日から剣道部出るの忘れないで頂戴ね〜」
「はい、そのつもりですけど……？」
　俺がとまどっていると、先生は少し悪戯っぽく笑って、
「あ、もしかして知らなかった？　私、剣道部顧問なのよ」

「ええ？　そうなんですか？」

「そんなに驚かなくってもいいじゃない〜？」
「いえ、別に……」
　何て言うか、今までの剣道の先生達とはタイプが違う。
　大丈夫なのかな、直人は強いって言ってたけど。

　だけどそんな心配は部活で一掃された。
「強えだろ、寝屋川先生」
　寝屋川先生との一対一の稽古から戻って来た直人が、俺の隣に座って嬉しそうに言う。
「ああ、ハンパじゃねぇな」
　何か、ワクワクする。
「次、羽村君〜」
「と、行って来る」
「がんばれよ」
「――お願いします！」

　――竹刀を構えた途端、寝屋川先生の雰囲気が変わった。
　普段のオカマっぽさは見事に消えて、剣士のそれに――。

　空気を切る響きと同時に、重い衝撃が伝わる。
　くっ……流石に強え！

　だけど俺にも全国制覇の意地がある。簡単に負けてたまるか！

「はッ！」
「せいッ！」

　「――！？」

　瞬間、寝屋川先生から、背筋が逆立つ程の強烈な殺意を感じた。

　戦意は当然。どんな練習試合でも、全力を出すのは礼儀だ。
　だけど、こんなにはっきりした殺意は……。
　俺、この先生に恨まれるような事してないぞ……？
　なんて考えた次の瞬間。

「――終わりにしましょ」
「えぇ？」
　あっさり言われて、見事に拍子抜けした。
「先生？」

「だって何時までたっても勝負つきそうにないし〜。こう人数多いと、私も年だから疲れちゃったわ〜」
「先生まだそんな年じゃないじゃないですか」
　直人が言うと、
「ありがと青木君」
　とにこにこ顔だ。

「先生、最後までやりましょうよー」
「また今度ね。私はあっちで休んでくるから、後はみんなで練習して頂戴〜」

　……すっかり元のオカマ先生だ。
　ひらひら手を振って去って行く先生を見送って。
「あの先生、竹刀持ってる時と普段のギャップが大き過ぎないか……？」
「ははっ、そのうち慣れるさ」
「うーん……」

　何か、変な事ばっかりだ。

　稽古すると汗だくだ。俺達は部活が終わると大浴場に直行した。
「何か、合宿の時みたいだな」
「そうだな、又背中流しっこでもするか？」
「いいぜ」
　……それにしても。
「広い割には空いてるよなあ」
「ああ、寮の部屋にもシャワー付いてるし、わざわざ出て来るの面倒くさいんだろ」
「ふーん勿体ないなー。でも此処って結構贅沢なんだな」
「え？」
「俺がいた孤児院じゃ風呂もトイレも共用しかなかったし」
「そうか……此処私立だしな。設備はいいと思うぜ」
「部屋も結構広かったしな。さすがに枕投げは無理かな――？」
「お前……ほんっと変わってねえのな」
「直人だってそうだろ？」

「……ほんとにそうならよかったのに――」

「……え？」
　声はよく聞き取れなかったけど、直人の表情と声のトーンが下がった。
「いや。何でもねーよ。それよか今日の定食メニュー、ピーマンの肉詰めだってさ」
「げーっ」
「この機会に克服してみたらどーかな〜？」
「お前面白がってるだろ！」
「ははは……」
「ったく、憶えてろよ〜」
　俺はぶちぶち言いながら風呂から上がった。

　部屋に戻ると杏里がいた。
「杏里、何食ってるんだ？」
「あ、これ激辛ぽてちぃ。美味しいよ？」
　それは超激辛のじゃがいもスナックだった。
「翔君も食べる？」
「いや、遠慮しとく」
　見るからに真っ赤で、空腹に入れると胃が痛くなりそうだ。
「杏里、辛党なのか」
「うん、僕甘い物駄目だし」
「そうなのか」
　ちょっと意外な発見だ。
「翔君は？」
「俺は結構何でも食えるぜ？」
「そっかー僕も食べられる様にならなきゃダメかなあ」
「誰にでも苦手はあるし、無理はしなくていいんじゃないか？」
　俺もピーマン駄目だし。正直言って挑戦したくない。
「でも良くこーいうのもらうんだよね、先輩とかから」
　飴？
「捨てるの勿体ないし」
「じゃ、俺食うよ」
「ほんと？　ありがとあり……一回でいいんだっけ」
「そう」
　でも俺の場合、杏里にピーマン食って貰っても、直人の攻撃はかわせないからな。
　怖がるくせに怪談話は好きだし。
　……やっぱ挑戦してみるか？

「ふー食った……」
　俺はかなり無理矢理ピーマンに勝利をおさめた。呑み込んだだけだし、苦手なのは変わってないけど。
　口直しに色々食ってから、腹ごなしに裏庭に行ってみた。此処に出たのは初めてだな。
　ふいに横手から地面を踏みしめる音がした。

「ん？」

　月明かりの中、同い年位の奴がいた。白いシャツに黒っぽいズボンだけど、私服みたいだ。
「よっ、お前もここの生徒か？」
「……！」
「？　どうかしたのか？」
　やけに驚いたみたいだけど。
「…………」
　そいつは何も言わずに走り去った。
「……？」

　何だったんだ？
　よく解らない反応だった。
　ま、いいか。

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