Ｐ６

　前のページへ 　目次へ　　入り口へ戻る　　トップページへ戻る

「隣のクラスに『櫂』って奴、いるのか？」
「櫂……って名前の方？」
「そう。そいつも一ヶ月位前に来たって聞いたんだけどさ」
「あ、御園生くんだね、御園生櫂君。大財閥の御曹司なんだって」
「大財閥？」
「御園生コンツェルンて知らない？　あそこの社長さんらしいよ」
「へーっ」

　俺でも名前位は知ってた。

「で、そいつ、俺に似てるか？」
「翔君に？」
「そう、俺に」
「んー、顔はそんなに似てない……かな、背格好は似てるかも。全体的になんとなく。でも、やっぱり感じが違うよ？　
　御園生君は翔君と違って、近寄り難い感じがするんだ」
「近寄り難い？」
「あ、悪い意味じゃないよ。やっぱり財閥の息子さんだからかな、常に人に一線引いてるっていうか……僕なんかじゃ近づけない感じがする」
「そうなのか」

　近寄り難い感じ……と言うのは弟の櫂らしくはない。
　だけど、弟は財閥の家に養子に行ったんだ。
　確かめてみる価値はありそうだな。
　俺は朝のホームルームより先に、隣のクラスに行った。

　丁度よく、昨日俺と櫂を間違えたクラスメイトがいたから、御園生櫂を呼んでもらった。
「櫂、お前にお客。例の転校生」
　教室の扉まで出て来た『御園生櫂』は、きっちりと制服を着こなし、淡い色の長い髪を後ろで一つに束ねている。
　――こいつ、昨日図書室の前で見掛けた奴？

「きみ、誰？」
　御園生櫂は訝しげに眉を顰めた。

「羽村翔。昨日転校して来た」
「で、その羽村君が僕に何の用？」

　俺は単刀直入に聞いた。

「お前、俺の弟じゃない？」
「は？　……ふっ……あははははっ」
　そいつは一瞬きょとんとした後……大爆笑した。

「なんだいそれ、新手のジョークかい？」
「そうじゃなくて、俺には五歳の頃離れた双子の弟がいて、」
「何でそれが僕って事になるんだ？」
「名前が一緒だし、弟は財閥の家に養子に行ったんだ。だから……」
「『櫂』なんて名前はそう珍しくもないし、第一僕は養子じゃないし、勿論双子の兄もいない」
「――本当に？」
　――確かに珍しくはない。でもこいつも、俺と同じ緑の眼だ。
「僕がウソをついているとでも？」
「そうじゃないけど……」

　ただ、なんとなく納得が行かない。
「用が済んだら自分のクラスに帰ってくれないかな」
「あ……うん」

　納得は行かないけど……仕方ない。
　帰ろうとすると、声を掛けられた。

「羽村君……だっけ？」
「羽村翔。翔って名前に聞き覚えは？」
　だけど、相手の答えは簡潔で。

「ないね。……君の事は噂で聞いたよ。中学の時剣道で全国制覇して、その腕を買われたスポーツ特待生なんだって？」
「そうだけど」
　すると思いっきり溜め息をついて。

「頼むから、さっきの君の勘違い、言い触らしたりしないでくれよ？　
　脳味噌まで筋肉のスポーツバカと双子の兄弟だなんて思われたら、迷惑だからね」

「な……っ！」

「じゃ……」
　絶句する俺に背を向けて、そいつは席に戻っていった。
　何なんだ、あれ！
　　　　　　　　　　　　　　　　　
　あんな奴、絶っ対、俺の弟じゃねぇ！！
　　　　　　　　　　　　　　　　　
　俺は頭の中でわめいていた。
　櫂はどっちかっていうと大人しくて、でも優しくて、断っじてあんなイヤミで冷淡な奴じゃない！
　あームカつくっ！

　俺は廊下の窓をベシッと開けると、肘を掛けて外を眺めた。
　山奥だけあって緑がよく見える。

　……でも。
　むくれながらも俺は考えていた。
　確かにあいつは俺が知ってる弟とは大分印象が違った。
　だけど、あいつを見たときほんの少しだけ……懐かしい感じがしたんだ。
　あの感じは……誤魔化せない。

　もし、あいつが本当に弟の櫂だったら？
　あの優しくて大人しかった櫂が、あんな風に変わってしまう程の何かが、あいつの身に起こっていたのだとしたら？
　そう考えると、じっとしていられない気がした。

　　前のページへ　次のページへ　目次へ　　入り口へ戻る　　トップページへ戻る