Ｐ５
夜の再会～御園生櫂編～
全く、あんなにしつこいなんて、あの人らしくないな。
あのペンダントが何だって言うんだ……。
廊下をはや足で通り過ぎつつ、胸中で独りごちた。
―― 一人になりたくて、裏庭へと向かった。
こう言う時、二人部屋は不便だ。
僕はどちらかと言えば、一人の方が落ち着く。
それでも今まで、同室になった逢坂さんと、大した衝突は起こしてはいなかった。
――其れは多分に逢坂さんの生活スタイルの所為だと思う。
――逢坂さんは、僕が転入してから一ヶ月間、常に寝てるか、たまに食事してるか位で、
こっちに干渉してくる事は無かった。
留年し続けて、二十歳は超してるだろうに、授業に行く気配すら無く、これでいいのかと思う位だ。
それが何で。
先刻の反応はどう考えても変だ。
だが、それ以上考えるのも煩わしくて、真っ直ぐ裏庭へと踏み出す。
――裏庭には既に夕闇の静けさが広がっていた。
夜の風が軽く顔を過ぎる。
その感覚に僅かだけ気が静まって。
「良かった、誰も在ない……」
ほっと息をつくと。
「……櫂？」
「！？」
後ろから声を掛けられ、反射的に振り返ると。
其処に在たのは―――。
「……凪？」
酷く……懐かしい顔だった……。
実際には二ヶ月経っていない位だろうけど、今の僕にはそう感じた。
「櫂、やっぱり櫂だ」
凪の声も緩んだ。
「如何して此処に……。君も、この学園に転入を？」
「ううん……違う……」
僅かに凪の声が沈んだ。
凪の手首に巻かれた枷から伸びる、短い鎖がじゃらっと金属音を立てた。
「その鎖……、もしかして、また……牢の中に？」
懸念を口にすると、
凪の声は僅かに自嘲気味に、
「昼間はね……学園内にある牢の中に入れられてる。夜だけ自由に出歩いていいって。
もっとも、学園か寮の中だけだけどね」
――如何言う事だ？
「学園内の牢？ 何処にあるんだ？ ――会いに行くよ」
凪は静かに首を振った。
「……駄目だよ。〝あいつ〟に何をされるか解らない」
「でも……」
凪は正面から僕を見詰めた。
「――櫂。僕にとって櫂は、たった一人の大事な友達だよ。――僕の命よりも」
「凪……？」
突然の真剣な声音に、僅かに戸惑う。
「……危険は冒さないで」
凪の言葉は酷く真剣で……重さがこもっていた。
「凪、何かあったのか？」
何か……凪の身に起こっているのか？
凪は緩く首を横に振った。
「ううん……もう、行かなきゃ。――会えて良かった。また――ね」
凪は透明な微笑みを見せる。
「うん――凪」
何処かもどかしい思いに唇を噛んだけれど――。
再び会えたのは素直に……嬉しかった。
部屋に戻ると、待っていたように逢坂さんが声を掛けて来た。
「さっきは、悪かったな」
「え？」
「ペンダントの事、しつこく訊いたりしてさ」
「――ああ、もういいですよ」
凪と話して、大分落ち着いていた。
「そっか、ありがとよ」
逢坂さんは、軽くそう返した。
ペンダント……か。逢坂さんにも何か事情があるんだろうか。
……僕には関係ないけど。
逢坂さんは入れ替わりに立ち上がった。
「出掛けるんですか？」
そう声を掛けると。
「飯」
そう言うと逢坂さんは出て行った。
……もしかして、僕が戻るまで食べずに待っていたのか？
普段はまるで他人に無関心に見えるくせに、よく解らない人だな……。
僕としては放っておいて欲しいと思うけれど。
前のページへ 次のページへ 目次へ 入り口へ戻る トップページへ戻る