Ｐ４０
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「！？」
強く身体を押されると同時に。
ガシャン！
目の前で石の壁が閉じた。
――閉じ込められた！？
「凪！？」
ダン！
目の前の壁を叩いた。
何が起きている？
不自然に繋がれていた凪。
不可解な言動。
考えられるのは……後ろに在るのは――総帥！？
「凪！ 開けてくれ！ 何が起きてるんだ！？
壁の向こうには凪と、一緒に来た五人が在る筈だ。
凪は……〝隠れていて〟と言った。
つまり、ここの方が安全で、外の方が――
「凪！」
どうにかしてここを出ないと――確実にまずい事になる。
気ばかりが焦るが、狭い部屋で、こちらからは開けられない様だ。
どうすればいい？ 魔法で壊れる様な壁にも見えないけれど――
ロッドの先から光をぶつけてみる。
光の刃は、壁に弾けて砕ける。傷が付くが――到底壊せそうに無い。
「くっ！」
苛立ちまぎれに扉に体当たりを掛けた。
強い衝撃が身体に伝わる。
もう一度――
「！？」
その時、カチリと小さな音が響いて扉が開き、僕は肩透かしを喰らって外に転がり出した。
その不自然さに疑問を感じる余裕もなく、顔を上げると。
「うおぉぉっ！」
「！？」
向かって来るのは、黒い翼の……凪？
「櫂！ 危ない！」
誰かの声が聞こえたけれど、とっさに動けなかった。
様々な思考が頭を巡り、足が動かない。
何故、どうして凪に黒い翼が？
いや、そんな事より、凪が僕に攻撃なんて――
「凪、どうして――」
凪が放つ光の刃が僕に迫る。
「凪――」
「！？ ……櫂！」
瞬間、凪の瞳に光が宿ったかと思うと、刃の方向が急激に変わった。
そして――鈍い音と共に、凪を、貫いた……
「な……凪っ！」
ゆっくりと倒れ込む凪の姿に。
時間が止まったままの状態から、弾ける様に手を伸ばした。
「凪――」
震える腕で、凪を支える。
凪は――今の一撃以外にも……全身傷だらけだった。
「凪……どうして……自分に攻撃なんて――」
「櫂……」
凪が薄っすらと眼を開く。
寂しげで、透明な微笑み。
「……言ったよね、櫂を傷付けるものは許せない。例えそれが僕自身でも……」
「だけど凪、凪が在なくなったら僕は……。独りじゃ駄目なんだ。一緒に〝外〟に出るって入ったろ？」
凪の瞳が揺れて曇った。
「櫂……ごめんね……。僕は、櫂を哀しませたあの子が、許せなかった……。僕はそうならないって……一緒に在るって……櫂を独りにしないって……決めたのに……」
「凪……？」
誰の事を言っているのか、とっさには解らなかった。
「櫂……櫂は僕にとって……〝あの場所〟で見付けた唯一の希望だったから……」
「それは僕も同じだ、凪……」
凪が在なければ、此処まで耐えては来られなかった。
闘う意志さえ、きっと挫けていた。
「櫂、櫂が忘れずにいてくれるなら……僕は……」
「忘れない、絶対にだ。だから――一緒に〝外〟に出よう、凪」
「うん……ありがとう、櫂。――僕の……唯一の親友……」
「……僕もだよ、凪……」
あの辛い時に、支えてくれた、唯一の――親友だ。
「――」
微かに透明な微笑みを残して、凪の手から力が抜けた。
「凪――？」
……動かない。
もう、息も感じない。
もう、声も、言葉も、存在さえ――
「凪っ……凪――――っっ！！」
激しい喪失感。
怒りと哀しみ。
そして――
凪の姿は空気に溶けるように消えてしまった……
僕の手に残されたのは、一枚の黒い羽根だけ――。
「櫂……」
「御園生君……」
横から掛けられた控えめな声。
――凪の全身の傷。
「……凪と戦ったのか」
絞り出た声は、自分でも驚く程低かった。
「櫂、それは……」
翔の言葉を遮って続ける。
「凪は僕の親友だと話した筈だ。それなのに戦ったのか」
「御園生、落ち着け」
「何故だ！！」
「！！」
瞬間、僕を中心に突風が吹き荒れる。
流れ出す力と共に、背に翼が出現する。
「こんな……翼なんかの為に――」
何故凪がこんな目に遭わなければならない？
僕達が何故！
「許さない……！ 凪の命を奪った物は全て――！」
そう、僕自身も全て――！
溢れる魔力と吹き荒れる風の壁が僕を中心に広がる。
「翼が……完全に……」
――東堂先生の声だ。
翼なんかどうでもいい。
「ですがあれは……〝暴走〟しています」
水落先生――相変わらず冷静なんですね。
「どうなってるんだ？ 白い翼は暴走しねー筈だろ！ あれは黒い翼の――いやそれよか……止められねーのか？」
逢坂さん……何故です？
何故僕達を放って置いてくれなかったんですか。
「〝暴走〟を止める手段はありません。生命力が強ければ生き残れますが……〝暴走〟を起こした黒い翼の大半は……そのまま衰弱死します」
水落先生の言葉に、反応したのは……翔の声だ。
「何だって！？ おい櫂！ 力を止めろ！ お前そのままじゃ死んじまうぞ！！」
――だから？ 今更何だって言うんだ。
凪を殺したくせに――
「御園生君……！」
千倉か……君は彼等の味方なんだろう？
――何も聞こえない、何も見えない。
このまま全部消えてしまえばいい――！
「櫂っ……！！」
――近くで、声が響いた。
「櫂！」
――翔だ、壁を越えて近づこうとしている。
「来るな……！」
翔の制服の裾に切り傷が刻まれる。
「櫂、ごめんな、凪の事……助けてやれなくて……」
「言うな……っ！」
今更……
「櫂っ……」
吹き荒れる魔力の刃で切られ血を流しながらも、翔が手を伸ばす。
その背に、白い翼が広がった。
僕の魔力を押さえ込む様に、翔の腕がしがみついて来た。
「凪だけが――僕の側に在て、力になってくれてたのに――」
「ごめん、櫂――お前を独りにして……辛い時、助けてやれなくて……」
「凪だけが……唯一の親友だったのに……」
「櫂……。俺だってあいつと戦いたくなかった。凪もきっと……そう思ってたよ」
「凪……っ」
「凪はお前に……生きて欲しかったんだ」
「だけど……僕は……！」
「俺も――櫂に生きていて欲しい。俺は、櫂まで失くしたくないんだ。お前……俺達だけじゃ無くて、自分も責めてるんだろ？」
「……」
声。聞き慣れない筈なのに、何故か心に入って来る。
「凪の代わりに、俺が在る。俺が、凪の代わりに櫂を護るよ。絶対、独りになんかしない」
この……声。
「……翔……？」
視界の焦点が翔に合った瞬間。
翔の首に掛かっていた赤と青、二つのペンダントが激しく輝いた。
「！！」
荒れ狂う制御出来ない魔力が収まって行く。
そして――
パキィィン！
二つのペンダントの石が弾けて砕けた。
目の前に在るのは――
「翔……兄ちゃん？」
するりと其の言葉が出て来た。
「ああ、そうだよ櫂。翔兄ちゃんだ……」
懐かしい……遠かった存在。その声を聞いた途端。
――何だか急に力が抜けて。
目の前が真っ白になった……。