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過去の傷痕〜翔編〜
「……」
ちょっと手詰まり気分だ。どうするかな。
人気の無くなった廊下でジュースを傾ける。
「羽村？」
逢坂先輩だ。
「先輩」
「不景気な面してどーした」
「いえ、ちょっと」
言葉を濁したけど、先輩は気付いてるみたいで。
「……御園生がお前の弟かどうかは解らねーけどな。あのペンダントには心当たりがある筈だ」
「え？ 本当に？」
「ああ。あいつにも事情があるんだろう。……気長に待ってやれ」
「――はい」
そうだ――落ち込んでる場合じゃない。
「先輩、一緒に頑張ろうな！」
そう言ってにっと笑うと。
「……お前は明るいな、羽村」
「……先輩、バカにしてます？」
「いや……俺は……駄目なんだ」
先輩の瞳が影を帯びた。
「先輩？」
「何か楽しい事があっても、心から笑えない。どんなに今が平穏でも……そんなものは直ぐに壊れてしまう……そう思うんだ」
「……どうして」
「王国が壊されて、目の前で両親を殺されて……血溜まりの海の中で独りだけ生き残って……それ以来駄目なんだ。
忘れる事も……お前みたいに向き合う事も出来ない」
「先輩」
「お前は……どうして笑える？」
向けられた眼差しは真剣で。
「え？」
「……言っちゃあ何だけど、お前、孤児院育ちなんだろ？」
「はい」
「養子先の両親も死んだって聞いたけど」
「事故で二人ともいっぺんに……でした」
「そんな風に辛い目に遭っても、何でお前は笑えるんだ？ 俺には不思議でしょーがねーんだ」
そんな風に言われても。
俺はそんな特別じゃない。
「だって、俺は幸せだったから」
「幸せ？」
「はい。両親の事は小さすぎて覚えてないけど、俺には櫂がいたし、孤児院の人達は親切で、俺達に良くしてくれた。
養子先の両親は、俺の事、すごく可愛がってくれたし……。そりゃ、ちょっと短かったかも知れないけど、俺は幸せだったよ。
それに今だって、此処の特待生になれて、もう一度剣道が出来るなんて、すごいラッキーだし」
「そうか……。お前みたいに、幸せの数だけ数えていられれば、そんな風に笑えるんだな」
「先輩、バカだって思ってます？」
「いや、お前は、優しくて強いさ。……お前を見てると、何だか懐かしい気がするんだ」
「え？」
「……生きてて良かったな、……翔」
先輩がぽつりと呟く。
「先輩？」
「……俺は……お前達も殺されたんだと思ってた……」
「！」
「……死ぬなよ」
先輩の言葉は何処か辛そうで。何かに耐えてるみたいで。
だから俺は。
「俺、もう先輩にこれ以上失くさせない。絶対死なないし、仲間も殺させない」
そう宣言すると、先輩はふっと微笑った。
「ま、あんま無理すんなよ」
そう言ってぽんと肩を叩かれた。