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　　　怒涛の転校初日・夜〜翔編〜



　――幼い頃、俺の傍には何時だって櫂が在た。同じ顔で同じ心を持っていたもう一人の自分。

　俺の、唯一の家族。

　気付いた時には、櫂と二人で、両親は死んだって聞いた。
　両親はいなくても、櫂がいたし、孤児院の人たちは優しくて、俺達に良くしてくれた。
　――だけど、ある時言われたんだ。もう、二人一緒には在られないって。

　何処かの財閥が跡取りを欲しがっていて、この前のテストはその為のものだって。
　結果は、櫂の方が少しだけ良くて。
　だから櫂は財閥の家に養子に行ける。
　養子に行けば、櫂はいい暮らしが出来て、幸せになれる。

　だから俺は我慢しないといけないって。

　俺は、寂しくても我慢するって決めたんだ。櫂の為に。
　俺は……兄ちゃんだから。

　でも、櫂は嫌がった。
　俺は……。


　「わがまま言っちゃダメだよ。その方が櫂は幸せになれるよ。
おいしいものだって食べられるし、お父さんやお母さんが出来るんだから」


　幼い俺は、何とか解ってもらいたくて。


「いやだよ、翔兄ちゃんがいい。ひとりでようしになんて行きたくない！」
「櫂、わがままばっかり言うと、櫂の事、嫌いになるぞ」


　ちょっとだけ、怒ったフリをして。


「いやだ！　翔兄ちゃん……僕の事嫌いにならないで！」
「櫂……もうわがまま言わないか？」
「……ようしに行ったら、僕のこと嫌いにならない？」
「ならないよ。櫂のこと嫌いになんてならない」


　本当は、何時だって。


「……わかった」
「櫂――」


　唯一の家族だと思ってる。


　俺は櫂の頭を撫でた。
「――離ればなれになっても、僕のこと、忘れない？」
　櫂の言葉に、俺は二つの言葉を返した。

「忘れないよ。絶対。だけど、櫂は僕のこと、忘れちゃいなよ？」
「何で？　僕だって忘れないよ！」
「だって櫂は、覚えてたら僕のこと思い出す度に、悲しくなるだろ？　
だったら忘れちゃって、新しいお父さんとお母さんに可愛がってもらった方がいいよ」
「でも」

　ためらう櫂に、言い聞かせる。

「忘れるんだ、櫂。櫂には新しい家族が出来るんだから」
「……どうしても、忘れなきゃダメ？」
「どうしても、だ」
「……解った……。今日は一緒にいてくれる？　明日になったら忘れるから」
「うん、一緒にいるよ」



　そして、櫂は引き取られて行った。
　それから、数年。俺にも養子の話が来て、俺は羽村翔になった。
　普通の一般家庭ってやつだったけど、両親は優しくて、俺の事考えてくれて、あったかくて。
　俺は幸せだった。

　だけど、中二の時、二人共交通事故で死んでしまった。
　――今も、思い出すと辛くなる。

　俺は行き場を無くして再び孤児院に戻り……其処に遊星学園のスポーツ特待生の話が来た――。




「ん……？」
　目を開けると、視界に白いカーテンが飛び込んで来た。
「翔君！　気が付いた？」

　見覚えのある顔が横から現れた。

「杏里……？　此処って」
「保健室。東堂先生達が助けてくれたんだよ」
「そっか……」

　って待てよ？　確か洞窟で俺の背中に……。
　俺は両手を背中に回した。

「背中がどうかした？　痛む？」
　保健室の先生らしい人が声を掛けて来た。

「いえ、別に」

　――今は何も無い。夢だったのか？　
　……確か、あの時ペンダントが光って……あれ、無い？

　俺は今度は胸元に手をやる。

「翔君？」
「あの、俺のペンダントは……」

　先生の方を見遣ると。

「ああ、治療の時、邪魔になるから外していたんだ。……はい、どうぞ」
「ありがとうございます」

　受け取ったペンダントを見て、俺は驚いた。

　　！？


　――石が、真っ黒になってる。赤い石だった筈なのに。

　デザインは確かに、俺のペンダントだ。
　……夢じゃなかったって事か？

「どうしたの？　翔君」
「これ、赤い石だったんだ」

　俺は、ペンダントを手の平に乗せる。

「そうなの？　今は真っ黒だね……大事な物？」
「俺の本当の母さんの形見だって聞いた。――覚えてないけど」
「そうなんだ……」
「うん」


　先生が声を掛けて来た。
「羽村君、ケガは大したことないから、帰っていいよ。他の二人も、もう帰ったから」
「そうですか」
　あいつらも無事か。

「じゃ、帰ります。お世話になりました」
　俺は杏里と一緒に寮に戻った。



「翔君、体調はどう？　直ぐに休みたい？」
　横を歩きながら、杏里が訊ねる。

「いや、全然。さっき寝てたからさ」
　結構すっきりしてる。

「そう？　だったら簡単に寮を案内しようか？」
「ああ、助かるよ」

　寮に着くと、ロビーを通ってすぐ横の方の部屋に向かった。

「此処が寮監室。寮監は水落先生だよ」
　中に入ると、水落先生がいた。
　確か生物の先生だったな。


　水落先生は俺達を見ると、軽く頷いた。
「ああ、羽村君は千倉君と同室ですから。荷物も部屋の方に届いています。千倉君、案内してあげて下さい」
「はい」
「杏里と同室？」

　聞き返すと、杏里が説明をくれる。
「ここは全員二人部屋なんだけど、奇数だったから、僕だけ一人だったんだ」
　そうだったのか。
「翔君が一緒なら、楽しくなりそう」
「千倉君、良かったですね」
　先生が軽く微笑む。
「はい」


「……」

　俺は先生の肩にとまっている青い小鳥に目を止めた。

「先生のその小鳥って……」
「かわいいでしょう？」
「はあ」
　そうじゃなくて。

「俺、その青い小鳥、見たことがあるような気がするんですよ」
「そうですか？　似たような小鳥はいくらでもいるでしょう？」

　でも、何だろう、この感じ。

　杏里も肩の小鳥を見て。
「でもそんなに鮮やかな青い色、僕見たこと無い。
あのね翔君。水落先生は授業中以外はずっとあの小鳥と一緒なんだよ」
　
「そうなんだ」
「――大事なものですから」
　水落先生はそう言って微笑んだ。



「あの奥が大浴場で、こっちが食堂だよ」
　杏里に案内してもらっていると、上級生らしい人が食堂から出て来た。
　その人は俺達の前で足を止める。

「ああ……羽村、ケガは大丈夫か？」
「なんで、俺の名前を？」

　見覚え、無い……よな。

「翔君達を助けてくれたの、東堂先生と、逢坂先輩なんだよ」
　杏里が説明する。
「そうだったんですか、ありがとうございました」

　先輩は軽く、呆れと苦笑の混ざったような表情を見せて。

「礼ならそこのチビに言えよ、行くって言うまでポカポカ殴りつけやがって」
「そうなのか？」
「う、ん、だって……」
「ま、叩かれても何ともなかったけどな」
「先輩！　……それちょっと酷いですよ……」
　杏里がむくれている。
「……ごめんね翔君。僕の所為で翔君達が大変な目に遭ったのに、僕、何もできなくって」
　杏里はぶつぶつと呟く。

「杏里の所為じゃねーだろ、飛び込んだの俺だし、助けを呼んでくれたのは杏里だ」
「でも」
「そうそう、俺を無理矢理引き摺ってったんだから十分だろ」
　逢坂先輩もフォローしてくれてるみたいだ。
「ありがとな、杏里」
「翔君……」

「お前ら、メシこれからか？」
　先輩が話を変えた。
「そうですけど」
「今日のメシはなかなかいけるぜ？　――じゃあな」
　ひらひらと手を振って去って行った。


「ちょっと変わった雰囲気の人だね？」
　短いプラチナブロンドの髪だったけど、それだけじゃなくて、
　制服も上着なしでほとんど私服みたいだったし、余裕っぽい態度とか何となく違う感じだ。

「逢坂先輩は伝説の人なんだよ」
「伝説？」
「基礎課程を一回、本課程を二回留年して、今は三度目の研修課程……」
「何でそんなに留年してんだよ？」

　当然のツッコミを入れる。

「寝てばっかりだから」
「はあ？」

　何だそりゃ？

「学校でも寮でも寝てばっかりなんだって。理由は知らないけど」
「ふーん……って事は、俺達より大分年上？」
「うん、二十歳は超えてるね」
「見えねーなぁ」

　とても、そこまで年上には見えなかった。

「寝てばっかりだと老けないのかな？」
「どうだろ」



　先輩の言った通り、飯は美味かった。
　俺はさっと風呂に入るとベッドに転がり込んだ。

　――流石に疲れた。
　背中に生えた翼の事、隣のクラスの『櫂』って奴の事、ペンダントの事……。
　考える事は山程あった筈だけど、もういいや、明日にしよう……。
　俺は、考えるのを止めて、眼を閉じた。

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