Ｐ２９
青いペンダント～翔編～
俺は真っ先に、御園生櫂の部屋に向かった。
「御園生……櫂」
相変わらず冷たい視線が、僅かに訝しげに細められる。
「何か用？ この前みたいな寝言なら御免だよ」
俺はその目の前にペンダントを差し出す。
「これ、お前のだろ」
「！」
一瞬、表情が変わった。
「これ……どこで」
「山頂の教会だよ」
そう言うと、御園生櫂は僅かに眉をしかめた。
「……くそ……」
「え？」
「いや……何でそれが僕の物だと思ったんだ」
俺は少し迷ったが、正直に言うことにした。
「……俺のと対になってるんだ」
「え？」
俺は胸元から、赤いペンダントを引き出した。
「このペンダント……母さんの形見でさ。赤と青で対なんだ。赤いのは俺で……青いのは弟の櫂が持ってたんだ。……だから」
そう言うと、御園生櫂はわざとらしく溜め息をついた。
「……君の弟が行方不明なのは同情するが、勝手に人を弟代わりにしないでくれ」
「櫂」
「気安く〝櫂〟なんて呼ぶな。僕は君の弟じゃないし、そんなペンダント見た事も無い」
「嘘だ。さっきこのペンダントを見て驚いてたじゃないか」
「驚いてなんかない」
「驚いてた！ 顔色が変わっただろう！」
「気のせいだろ、僕は君と違って忙しい身でね、用がそれだけなら帰ってくれないか」
「……櫂」
「いくら名前が同じだからって、迷惑だ」
「……解った、帰るよ」
仕方なく、背を向けると。
「忘れ物だよ」
「え」
振り向くと、御園生櫂がペンダントを手に立っていた。
「ペンダント。君の弟君の物なんだろう？ 置いて行かれては困る」
「あ、ああ」
受け取ろうと、顔を上げて。
俺は、見たんだ。
青いペンダントを見詰めた顔が、一瞬、酷く辛そうに歪むのを。
哀しみと痛みの混ざった瞳。
差し出す手に、ためらいが見える。
「櫂、お前……」
その表情に、呟くと。
「出て行ってくれ！ はやく！」
櫂は俺の手にペンダントを押しつけると、強引に押し出して扉を閉めた。
「……櫂」
俺は閉じられた扉の前で、ちょっとだけ息をつくと。
杏里が待ってる自室へと向かった。
「翔君！ どうだった？」
杏里の言葉に僅かに俯く。
「――違うってさ、こんなペンダント見たことも無いって」
「そっか……」
「でも……」
「え？」
「いや」
それ以上、口にはしないまま、俺はベッドに飛び込む。
あいつは……御園生は、ペンダントを知っていた。
返すのを、ためらっていた。
ペンダントを見る眼は、辛そうだった。
間違いない――あいつは――弟の櫂だ。
ペンダントの事も――多分俺の事も気付いてる。
だけど、それを言えない理由が――きっとある筈だ。
それは、櫂が俺に言ったような理由じゃ無い。
（黒い翼……）
あいつらが、櫂にも何か関わっている……？
それは、確信に近い、予感。
黒い翼が、櫂を苦しめているなら。
いや、黒い翼じゃなくたって、あいつが辛い状況にあるなら。
俺は、その正体を見付けて、櫂を助ける。
櫂は、俺の……たった一人の家族なんだ。