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前を向く真実〜翔編〜
俺は、朝はやくに寮を抜け出した。
昨日聞いた教会を調べに行くつもりで。
学園に向かう道の他に、山頂へと続く道が延びている。
俺がそっちの道を進もうとしたその時。
「翔君」
いきなり声を掛けられた。
「！ 杏里？ 何だすげえはやいなお前」
杏里は俺の眼を見て、
「教会にペンダント探しに行くの？」
げっ！
何でこいつこんな時だけ鋭いんだ？
一人で行こうと思ったのに。
「い、いやそんなことは…………」
「無いの？」
「……」
俺が困っていると、
「翔君て、考えてる事全部顔に出るよね」
「えっ？」
思わず顔をこすって、杏里に笑われた。
「僕も一緒に行くよ」
「でもこれは俺の個人的な問題だし」
何となく嫌な予感がしたんだ。また化け物に襲われるんじゃないかって。
「迷惑？」
「そーじゃねーけど、また襲われたりするかもしれないだろ」
「僕って、そんなに役立たず？」
「杏里……」
俺は少し困ってしまった。
「杏里はおかしいとか思わないのか？」
「何が？」
「俺や先輩に羽根生えたりとか、化け物出たりとかさ」
「そんなの、翔君は翔君だし、一緒に行きたいんだ。駄目？」
「…………」
杏里は一生懸命だし、真っ直ぐだ。……あんまり危険な目に遭わせたくないんだけどな。
「危ないかも知れないぞ？」
「うん。それでも行きたい。頑張るから」
「――解った、一緒に行こう」
「ありがと翔君！」
「けど、あんま無理しないで下がってろよ？」
「うん。――あのさ翔君、ペンダントの事なんだけど」
「ん？」
「僕、時々教会行くんだけど、見たことない気がするんだ」
「――榊原先生が嘘をついてるって事か？」
「でも僕が最後に行ったのは、一ヶ月位前だから……その後からなのかも」
「行ってみるしかないか……」
「そうだね。翔君、その色違いっていうペンダントも、翔君のなの？」
「実はさ……」
俺は杏里に、形見のペンダントは赤と青の対だった事、もう一つは双子の弟が持っている事、弟は五歳の頃、孤児院から財閥の家に養子に行って行方が解らない事、俺は隣のクラスの『櫂』がもしかしたら弟じゃないかと思っている事を打ち明けた。
「そうだったんだ……。だから翔君、御園生君に似てるかって聞いたんだね。うん、僕も翔君の弟捜し、協力する！」
「杏里」
俺達は山頂への道を辿った。
「杏里は時々教会行ってるんだっけ？」
「うん、でもね別に信心深いっていうんじゃなくて……教会のマリア様――ちょっとだけ似てる気がするんだ、お母さんに。見てると何となくはやく良くなるんじゃないかな……なんて、思ったりして。それだけなんだ」
「そっか……」
ニャ〜。
「ん？」
道端に子猫？
「どうしたんだろう、こんな所で……あっ！」
子猫は手を差し出した杏里からフルートを引ったくって逃げ出した！
「杏里！ 追うぞ！」
俺達はフルートをくわえたまま走る猫を追った。
「翔君、あの猫……」
「ああ……ただの猫じゃないな……油断するなよ」
「うん……」
子猫は俺達の前を走り続けていたかと思うと、いきなり身を翻して飛び掛かって来た！
――誘い込まれた！？
「うわ！」
――速い！！
動きがまともに捉えられない。
「あの猫、尻尾が二本ある……」
「おおホントだ……って感心してる場合じゃねーぞ」
動きが速い上に曲線的で、こっちの攻撃が上手く当てられない。
「っ！」
「うわっ」
爪は細くても鋭利だ。このままじゃこっちばっか消耗しちまう。
その時、猫の全身の毛が逆立った様に見えた。
次の瞬間。
巻き上げられた木の葉が刃となって襲い掛かって来た！
「げ！」
「馬鹿！ 何してんだ！」
強い力で突き倒される。
「！ 先輩！」
逢坂先輩だった。剣を手に、普段より強い眼差しを猫に向けている。
「何だあれは……猫か？」
だがそう言いながらも油断無く剣を構える。
「……！ 速いな……」
二人掛かりで追い詰めようとするが、全然当たらない。
「……あっ」
ふいに杏里が何かに気付いた様に動き出し、それに気付いた猫が杏里を狙った。
「うわっ」
「杏里！」
「退がれ！」
庇う様に剣を振って前に出た先輩に、猫が飛び掛かって来た。
「クリストファー様！」
ザッ！
「！ おっさん！」
飛び込みざまに攻撃を受けたのは……！？東堂先生！
「お怪我は？」
「こっちのセリフだ！」
「大した怪我ではありません」
何やら言い合いながらも、猫と対峙している。
「翔君」
杏里が俺に囁く。
「あそこに光ってるの、僕のフルートみたい……」
少し離れた草むらの中に、銀の光。
そうか、杏里はあれを拾おうとしてるのか。
「戦いに邪魔だから置いたのか……よし、取って来る」
先輩達が猫の気を引いてる今なら……
俺はじりじりと気付かれない様に近付いて、がしっとフルートを掴んだ。
「杏里！」
放り投げたフルートを杏里が受け取る。
杏里の吹く鋭く澄んだ音色が響き渡った。
――グガガアア……！
何だ？ 急に猫が苦しみ出したぞ。動きも鈍ってる。
「あいつのフルート……何なんだ？」
「先輩、考えは後！」
「ああ」
攻撃が当たればこっちの物だ。俺達は何とか猫を撃退するのに成功した。
先輩は俺が寮を出て行くのを見て、追って来たらしい。東堂先生は先輩を追って……。
「そう言えば東堂先生、さっき逢坂先輩の事、違う名前で呼んでましたよね？」
杏里、相変わらず時々鋭いよな。
「確か、クリストファー様……」
「あ！」
東堂先生が珍しく焦った表情を見せる。
「バカヤロ、気を付けろって言っただろ……！」
「済みません」
東堂先生が先輩に敬語を使っている。
「どうなってるんだ？」
「どうなさいますか？」
「…………」
先生の言葉に先輩は答えない。
「先輩！」
「クリストファー様」
先輩は深く溜め息を吐いた。
「〜〜〜あー解ったよ！ どうせ何時かは話さなきゃならねー事なんだ！」
先輩は眉を寄せながら観念した様に告げた。
そして覚悟を決めた様に、俺の方を見た。
俺が知りたいと思っていた、その答えを告げる為に……。