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「ああ……、そうだったな」
「御園生は昏睡状態が二日も続いたんだ。目覚めたとはいえ、あまり騒がしくしない方がいいだろう」
「……」
確かにな。
脳裏に一瞬、張り詰めた奴の顔が浮かんだ。
「彼は自分を押さえて無理をするタイプなので、私も心配しているんですよ」
水落が、ハーブティーらしき物を出して来た。
「ああ……あんた、やけに熱心に看病してたな」
僅かに疑問を思い出す。
水落が俺達の前に座ると、おっさんが口を開く。
「クリストファー様、彼はセナ。王弟殿下付きの近衛兵として、人間界に来ていたんです」
水落が……
「王弟……ロベール叔父さんの――。……無事だったのか」
「はい。セナと申します、クリストファー殿下。敵の目を誤魔化す為とはいえ、今までの無礼、お許し下さい」
水落は改まって俺に頭を下げた。
「よせよ、俺は徒の学生だ。殿下なんて呼ばれたかねえ」
「人目のある所では、今まで通り、〝逢坂くん〟と呼ばせて頂きます」
「人目の無い所でも、それでいーよ」
「……はい。――ところで、何があったんですか？」
「音楽の新島先生が、黒い翼の一族だった」
おっさんが説明する。
「新島先生が……そうですか……」
「……ああ、あの様子じゃ新島一人じゃないだろうな」
俺が溜め息混じりに言うと、水落は頷いて、
「ええ、怪しいと思われる者は何人か在ます。確証はありませんが」
「クリストファー様、どうなさいますか」
「どうって、何が」
「羽村はロベール殿下の子供です」
「……やっぱりな。白い翼のある奴なんて、そう在るはず無いと思ったんだ」
それに、あのペンダントも……
「羽村にも翼が？」
「ああ。未だ小さかったけどな。地下空洞の時はでっかかったって本人は言ってたけど」
すると水落が口を開いた。
「あれは真理さん……ロベール殿下の奥方様ですが……、
真理さんのペンダントの力で一時的に出現した物なので、羽村くん本来の力はまだまだです」
「――あんた、あの時地下にいたのか？」
「はい」
「何時からおっさんと連絡取ってたんだ？」
「私が転任して来て少し経ってからです」
「……そうか」
で、俺の退学も止めてたってか。……別に退学でも良かったんだがな。
「――ロベール叔父さんの子供って、確か双子だったんだろ？ もう一人は？」
「それは……」
「千倉は違うのか」
俺が言うと。
「千倉？」
「千倉杏里ですか？」
二人して聞き返して来る。
「ああ、あいつも黒い翼に付け狙われてるぜ。だから、もしかしたらと思ったんだ」
それに、あのフルートの事も。
「いえ、羽村翔の双子の兄弟は千倉ではありません。今は申し上げられませんが……」
千倉じゃないとすると……考えられるのは……
「千倉は王国とは関係の無い人間の筈です」
水落が僅かに考え込む様な表情を見せた。
「ですが、引っ掛かる点はあります。特に理由も無くこの学園の特待生になっていますし」
「まさか、敵のスパイ、とか？」
よく羽村と一緒にいるのを見掛ける。
「そうは思えませんが……」
「――そうだよな、あいつのフルートの音は澄んでるし……」
疑えばきりがない。だが俺は、信じたいのか？
「――水落、ロベール叔父さんと真理さんは……」
水落の表情が曇った。
「申し訳ありません。丁度、私の養父に当たるダナイが帰国中の時で……、私が助けられたのは双子の赤ん坊だけでした……。
私は顔を見られていたので、二人を孤児院に預けたんです。その方が安全だと思いましたので」
「――そうか……」
「クリストファー様、これからの事ですが」
いきなりおっさんが切り出した。
「え？」
「羽村の翼が完全になる日も遠くはありません。そうなれば、王国を再び取り返す事も……」
「ちょっと待て、俺はそんな事するなんて言った覚えはねーぞ！？」
俺は慌てておっさんの言葉を遮った。
「しかし、このままでは王国の者達が……」
「この人数で何が出来るんだ？ 今じゃあいつらの勢力はあの時以上だ。勝ち目があると思ってんのかよ！？」
「クリストファー様」
「とにかく、俺はンな事する気はないね」
「クリストファー様！ しかしこのままでは……！」
「うるせえ！！ 俺はご免だ！！」
俺は叫ぶと寮監室を飛び出した。
「クリストファー様！」
おっさんの声に、振り返るつもりは毛頭無かった。