Ｐ１６
「へいへい、で、そのご立派な学園長さんは何て？」
「遊星学園七不思議の一つ……最近話題になっている、音楽室の泣き声の正体を突き止める事が出来れば……特別単位を出しても良い、と」
「はぁ？ ……本気かよ、七不思議なんぞ単なる噂だろ」
「多分、そんなところだろうけれど。話題になっている事自体は、事実だから……」
「学園長さんの言葉とも思えねーな、大体、特別単位って何なんだよ」
「特別単位が出れば、退学は免れられる」
「俺は別に、この学園に未練がある訳じゃない。退学でもかまわないよ」
「逢坂……！」
遊星学園七不思議の一つ……か。確か、剣道場の幽霊もそうだったよな。
まさか、直人を操ってた黒幕と関係あったりしないか……？
もしも、そいつが七不思議の裏にいるとしたら……。
――調べてみたい。
「逢坂はそれでいいのか？ とうに二十歳を超えているのだろう」
「そうだけど？」
「ともかく、泣き声の正体を突き止められたら単位を出すと、学園長先生が仰っているから、ありがたくお受けしなさい」
「おい、俺は……」
「一人で行くのが嫌なら、誰か友人を連れて行ってもいいし、親しい友人がいないのなら、私が紹介してあげても……」
「ちょっと待て、俺は未だ行くとは……」
「俺が行きます！」
俺は二人の会話に割って入った。
「羽村？ お前聞いてたのか！」
「すいません、聞くつもりじゃなかったんですけど。二人とも声が大きいから、玄関入ったら聞こえちゃって」
俺は逢坂先輩の説得に入った。
「俺、こないだ先輩に助けられたし、恩返ししたいんです。一緒に連れてって下さい」
「逢坂、いい後輩を持ったな」
「羽村、あのな……」
「学校の怪談なんて面白そうじゃないですか。行きましょうよ、先輩」
「……お前、そんなに音楽室に行きたい訳でもあるのか？」
逢坂先輩が半眼の視線を向ける。
……まずい。何処に直人をあんな目に遭わせた奴が潜んでるか解らないんだ。
新島先生や、逢坂先輩にだって、油断は出来ない。
「そうじゃないですけど、夜の学校なんて、滅多に入れないし、面白そうじゃないですか」
そう、夜の学校はどこもかしこも鍵が掛かっているんだ。
俺が夜中に音楽室を調べる為には、逢坂先輩を説得して、一緒に行くしかない。
先輩が行くって言えば、新島先生は鍵を貸してくれる筈だ。
「タダでスリル味わえて、おまけに単位もらえるんでしょ？ 先輩、俺、この学園から特待生の話が来なかったら、中卒で路頭に迷うとこだったんですよ？ くれるってものは貰っといて損は無いですよ」
「タダより高いモンはない……ともいうぜ？」
「でも先輩は、俺を助けてくれたじゃないですか。俺はこれ以上見返りなんか期待しませんから、一緒に探検連れてって下さいよ」
「お前なぁ……面白がってるだけか……」
「いいですよね、先輩」
「…………」
「新島先生、逢坂先輩、引き受けるそうです」
「なっ」
「そうか、ならこれが音楽室の鍵だから、よろしく」
鍵を差し出した新島先生に、逢坂先輩はヤケクソ気味に溜め息を吐いた。
「～～わーったよ、行きゃいーんだろ、行きゃー」
やった！
「じゃ、逢坂、羽村、後はよろしく」
新島先生は帰っていった。
「んじゃさっそく……」
「おい羽村、未だ夕方だぞ。音楽室は吹奏楽部が使ってるだろ」
「あ、そっか」
「丑三つ時……午前二時頃だな。その頃迎えに来いや」
「はい」
「部屋解るか？」
「いえ」
俺は先輩の部屋の場所を聞いた後、今夜に備えてはやめの夕食に向かった。
午前一時。
ピピピピッ……
（わっ……と）
俺は慌てて目覚ましを押さえた。
隣のベッドの様子を覗ったが、杏里はいなかった。
トイレかな。見付かったらまた、〝一緒に行く〟って言い出すかと思ってたから、どうしようかと思ってたけど。
ま、丁度いいか。あんまり危険な場所に付き合わせたくないしな。
先輩を起こすのは一苦労かと思っていたけど、先輩はすっかり準備を整えて、待っていてくれた。
「よ、来たな。じゃあ行くか」
「あの、先輩。何ですかそれ」
先輩は肩に剣を担いで出て来た。
「俺ん家に代々伝わる伝統の剣だ」
「先輩の家って一体……」
「本気にすんなって」
「え？」
「この前、地下空洞で拾った。結構使えたぜ」
「ああ、そうだったんですか。先輩、剣使えるんですか」
「ま、ちょっとな」
「でも、持ってた方がいいですよ。俺、この間の夜、道で変なのに襲われましたから」
「この間の夜？ 何やってたんだお前？」
「いえ、ちょっと……忘れ物を取りに……」
「ふーん……？ ま、いいや。そう言う事にしておいてやるよ」
先輩はそれ以上聞いては来なかった。
「真っ暗ですよね～、懐中電灯が必要なワケだ」
「俺は面倒だから普段持ってねーけどな」
音楽室の扉は観音開きになっている。けどその取っ手には――
「何だこれ……モップか？」
「だな」
俺は取っ手に挟まっているモップを、引っこ抜いた。
「何でこんな物が……」
「おい、何か聞こえるぞ」
「え？」
扉に耳を付けると、中からすすり泣く様な声が聞こえる。続けてピアノの音が……。
「……マジかよ……」
血が鍵盤に滴って……なんてよくある話だけどさ……。――ん？今度はフルートの音が……？
「このフルートの音、聞き覚えがあるな……」
先輩の言う通りだった。
「杏里のフルート？ 先輩、鍵！」
「ああ」
扉を開けて飛び込むと……やはり杏里だった。俺達が入ると、眼を丸くして立ち上がる。
「翔君！ 逢坂先輩も……どうして此処に？」
「それはこっちのセリフだぞ、何で杏里が此処に在るんだ？」
「それが……」
杏里の説明によると、放課後残って練習していたら、閉じ込められて、帰れなくなったらしい。
あのモップ、杏里を閉じ込める為だったんだ。
犯人は見てないらしいけど、例の二人組じゃないかって話だ。
しかも今回で五回目だったらしい。
今度絶対シメてやる！
「翔君、何か言った？」
「いや、杏里もそんなにしょっちゅうやられてるなら、一人で残ったりするなよ。新島先生に言われでもしたのか？」
「ううん。僕が勝手に残ってただけ。僕、フルートしか取り柄ないから」
「けどさ、他の場所で練習出来ないのか？」
「フルートって、結構音大きいから……」
先輩が僅かに沈んだ溜め息をついた。
「千倉、この学校、無駄にあちこち防音になってるんだ。学園はもとより、寮もな」
「え、そうなの？」
「ああ。もっとも寮の部屋でやるなら、同室の奴の許可が要るけどな」
「俺は構わないぜ？ もともとどんな五月蠅い場所でも寝れるし。杏里、そうしろよ」
「いいの？ 翔君」
「ああ」
「ありがとありがとありがと！」
「んじゃ帰るか？ 泣き声の正体は千倉だったんだろ？」
先輩が切り出した。
「そうですね……あれ？ ピアノの音は、杏里だったのか？」
「ううん、ピアニストさん……此処にいる幽霊さんだよ」
「え……いるのか！」
「いるよ。時々ピアノ弾きに来てる、いい幽霊さんだよ。僕の音が間違ってると教えてくれるし。今も其処にいるんだけど、見えない？」
「全然……」
「おい、何の話だ？」
「杏里は幽霊が見える体質らしいんです」
「へーえ？」
「で、その幽霊さん、ピアノ弾いてるだけで別に悪さはしないんだよな？」
俺は杏里に確認する。
「そうだよ」
「どうします、先輩？」
「ま、実害無いんだったら、放っといていいんじゃねーの？」
「そうですね。じゃ、帰るか」
だが、それで解決とは行かなかった。
そのピアニストの霊が、いきなり杏里の体を乗っ取って襲い掛かって来たんだ。
「何で急に！？」
「確かに変だな。今までいくらでもチャンスはあった筈だ」
どうやら何かに操られているみたいだった。
急に態度を変えて、杏里から離れたピアニストの霊が、今度は俺にも見えた。
大人しそうな青年の姿だ。
矛盾する言動で、杏里に謝りながら攻撃して来るその姿は、この前の直人を思い出させた。
何か関係があるのか……？
そして、己の意志を無くす前にと、消滅を望んで来たそのピアニストの霊と、俺達は戦った。
杏里の奏でる鎮魂歌が空に吸い込まれて行く―――。
「…………」
「杏里……、あの幽霊、絶対生まれ変わって、今度こそ有名なピアニストになれるよ」
「うん……、そうだよね」
「……二人とも甘ちゃんだな」
逢坂先輩が溜め息をついた。
「先輩はそう思わないの？」
杏里に言われて先輩は再び息をつく。
「わーったよ、思うよ」
先輩……何か投げやりだぞ……
「先輩、からかってるでしょ」
杏里もむくれている。
「いーや、俺は真剣、マジ」
その時、音楽室の扉が開いて……入って来たのは新島先生だった。
「新島先生……」
「三人揃っているようだな、良かった」
「え？」
「三人揃ってって……杏里や俺が来たのは偶然なんじゃ？」
俺がそう言うと、
「私は偶然に頼るようなマヌケじゃない」
「それって」
「……あんたが俺達を此処に来る様にし向けた……って事か」
逢坂先輩の言葉に、新島先生は涼しげな表情のままだ。
「その通り」
「じゃあ、僕を閉じ込めたのは……」
「私だ」
「そんな……何で？」
あの二人じゃなかったのか。
「だったら俺は……」
「羽村が帰って来る時間に合わせて話を始めた。羽村の性格なら必ず首を突っ込んで来ると思ってな」
「……くそ」
探ってるつもりが、まんまとはめられたって事か。
「だが、やはりあんな低級霊では役に立たなかったな。せっかく私が力を貸してやったというのに」
「低級……？ そんな、ひどい」
杏里は新島先生の言動に戸惑っているみたいだ。
「あんたが操ってたのか」
先輩は大して驚いていない様子だ。
「何の為にこんな事……？」
「俺も訊きたいぜ、何でこの三人なんだ？」
「それは、自分の胸に聞くといい」
「……あんた、何者だ？」
逢坂先輩が鋭い視線を先生に向ける。
「音楽の新島先生だろ？」
俺がそう言うと、先輩は苛立った様子で、
「お前、解んねーのかよ、この禍々しい雰囲気が……！」
先輩が珍しく緊張しているみたいだ。
「ほう、やはり逢坂は徒の学生ではないな」
「お褒めに与って光栄だが、俺は徒の学生だ」
「正確には留年生……だけど」
「混ぜっ返してんじゃねえ！」
つい突っ込みを入れて、先輩に怒られた。
「……行くぞ」
新島先生の宣言と同時に。
――バサッ。
新島先生に……黒い翼が……生えた――。
「！ まさか……直人を操ったのは――！」
「くっ……」
先輩が剣を構える。その背に、大きな白い翼が出現した――！
「先輩……！」
「お前ら、構えろ。話し合いは通用しないぞ」
珍しく真剣な表情だ。
「……みたいだな」
先生達が何者かは知らないけど、誰かを無理矢理操って見下すなんて、許せねえ。
「そんな、僕新島先生と戦いたくない！ 初めてフルート教えてくれた先生なのに！ 何で！？」
「杏里……」
「こいつらは説得出来ねーんだ、千倉」
「先生……！ どうして戦おうとするの……？」
「お前達白い翼の一族に、黒い翼が劣る筈は無い……！」
新島先生が手をかざすと、黒い岩が出現して俺達に突っ込んで来た。
「散れ！」
先輩が叫ぶ。
「っ……」
「杏里……嫌なら下がってろ。――俺達が戦う」
俺の背に、小さな白い翼が出現する。
「翔君……。――ううん、翔君達だけ戦わせるなんて出来ない。何が起こってるのか解んないけど……僕も……戦う」
杏里がフルートを握り締めた。
「杏里……、行くぞ」
「――うん」
「新島先生……どうして……」
床に倒れ込んだ新島先生に、杏里が泣きそうな視線を向ける。
「くっ……何故だ……黒い翼が、白い翼に劣る筈は無いのに……」
新島先生は、鋭い視線を先輩の翼に向けている。
「翼が黒いと言うだけで、何故虐げられなければならない？ 白い翼はまるで神のごとく、崇められていたというのに……」
「――そんなの、俺達が知ったことかよ」
先輩が、僅かに重い調子で言う。
「いい気になるな、白い翼。今に、我々黒い翼の世が来る……。総帥が必ず……成し遂げて下さる……」
「総帥？」
「其れをこの目で見られない事だけが、心残りだ……」
不敵な笑みだけを残して、新島先生は動かなくなった……。
「新島先生……」
杏里が哀し気に呟く。
「――先輩」
俺は先輩に訊きたい事があった。
「先輩は、知ってるんですか？ 俺や先輩に生えた白い羽……一体何なんだ？」
「……」
「俺、この前の地下空洞で、初めて翼が生えて……。その時は今みたいに小さいのじゃなくて、丁度今の先輩位の大きさがあって」
「へえ」
先輩が僅かに視線を向ける。
「俺達って、人間じゃ無いのか……？」
「……まともな人間の筈がないさ」
「新島先生には黒い翼だった。あれは一体……？ 何で俺達が狙われるんだ？」
「――俺に訊くな」
「先輩！ 俺、この前、親友の直人に襲われた。直人は身体を化け物みたいに改造されてたんだ。俺、直人を操ってた奴の正体が知りたくて此処に来た。何か知ってる事があるなら、教えて下さい！」
「……」
「！ 新島先生が……！」
杏里の声に振り向くと、新島先生の姿が、まるで空気に溶けるかの様に消えていく所だった。
「……どうなってんだ……？」
「…………これが、翼を持つ者の運命なんだ」
先輩が呟く様に告げた。
「――俺も、死ねばこうなる。死体も残らない。……羽村、多分、お前も……」
「――先輩」
やっぱり、先輩は知ってるんだ。
「先輩の知ってる事、教えて下さい。一体何が起きてるのか」
「……そんな事、解るかよ」
「先輩！」
「俺は、何も知らない！！」
先輩は乱暴に扉を開けて、出て行ってしまった。
「逢坂先輩？ ……翔君……」
「……知るか、あんなヤツ……」
何か知っているくせに。降り積もる疑問に、誰も答えてはくれない。
一体何が起こってるんだ……。