Ｐ１５
「翔君、お腹減ってない？」
そう言われてみると、急に減ってきた気がする。
「いや、丁度腹減って来たとこなんだ、サンキュ、杏里」
俺はおにぎりにぱくついた。
――旨い。
おばちゃんが作ってくれたおにぎりは、何だか泣きたくなる位、旨かった。
こういう時、気遣ってくれる誰かが在るって――いいよな。
何となく、あったかい気分になれる。
直人の事は、色々な意味でショックで……俺一人だったら、立ち直れなかったかも知れない。
一人じゃ無いって、いいよな。うん。
「杏里、お前が友達で良かったよ」
「翔君」
杏里は嬉しそうに微笑った。
きっと、大丈夫だよな。まだ――一人じゃないんだ。
朝のＨＲで、榊原先生が、一週間休んでいた直人が、家庭の事情で転校したと告げた。
先生が去った後、杏里が声を低めて話し掛けて来た。
「……どういう事？」
「隠しておきたいんだろ、直人の事は。――何か怪しいな、この学園」
「うん……榊原先生は知ってるのかな」
「さぁな……本当に転校しただけだと思ってるのかも知れないけどな」
「榊原先生に訊いてみる？」
「――止めとこう。直人をあんな目に遭わせたヤツが何処に潜んでるか解らないんだ。用心しておいた方がいい」
「……そうだね」
「杏里、お前も気を付けろよ」
「うん」
一時間目は音楽だった。新島先生はいきなり腹筋から授業に入った。
どうやら腹筋運動する為に音楽室を広くしたって、直人の話は本当だったみたいだ。
「何で音楽で腹筋なんだ？」
「発声を良くする為らしいよ」
「そこ、もっとゆっくり！」
新島先生の指示が飛んだ。
「げ……俺、とろとろした動きって苦手だぜ～」
やけに体力勝負の授業だった。杏里は潰れてるし。
だけど、新島先生は、杏里に向かって微笑みながら言った。
「千倉、今日は調子がいいじゃないか、いつもより五センチは高く頭が上がってる」
……そうなのか。
「その調子で頑張れ！」
「はい！」
……音楽というより、スポ根だな。――まあいいけどさ。
昼休みに、俺は書道室に行ってみた。あの日、ネタを振ったのは寝屋川先生だった。
「あら、いらっしゃい～」
「寝屋川先生、直人のことなんですけど……」
「聞いたわよ～、羽村君と青木君だったら全国も夢じゃないと思ってたのに、転校しちゃうなんて、ショックよね～。残念だわー」
「……はあ」
「でも羽村君、気を落とさないで一人でも頑張ってね」
「――はい」
……寝屋川先生は、知らないのかな……。どうなんだろう……。
何となく気落ちした気分で、書道室を後にした。
放課後、俺は部活に出る気になれなくて、吹奏楽部に出るという杏里と別れて寮に戻る事にした。
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