Ｐ１２
「すーすー……」
先輩……寝てるよ。――起こしちゃ悪いな。
そのまま退散しようと、椅子に座ったまま目を閉じている先輩に、背を向けて方向転換する。
「ふあああ……」
「――あ」
「ん？ ――ああ、羽村か」
「すいません、起こしちゃいました？」
「いや、物音で起きたんじゃねーよ。――今昼休みか？」
「そうですけど」
「どーすっかな〜、も一回寝直すか……それとも……」
「あの、先輩？」
「あん？」
「先輩って、夜、何してるんですか？」
「夜？ 夜は寝る物だろ？」
「だって先輩、昼間も寝てるじゃないですか。だから夜に何かやってるのかと……」
「何かって、何をだ？」
「例えば、何か難しい事の研究とか、何かの受験勉強とか、もしかして大河小説なんか執筆してるとか……」
「俺がんな七面倒くさい事する訳ねーだろ。夜もきっちり寝てるよ」
「……よくそんなに寝られますね」
ちょっと呆れ口調になった。
「……だといいんだがな」
「え？」
僅かに苦い調子だった。」
「いや、何でもねー」
「先輩、若く見えるし、背も高いですよね。俺も昼寝すると背が伸びるかな」
「背が高くなりたいのか？」
「そりゃそうですよ。でも伸びないんだよね。毎日牛乳一リットル飲んでるのにさ」
「ははっ」
「笑わないで下さいよ、こっちは深刻なのに」
「深刻そーに見えねーんだけど？」
「まあね。悩んだって伸びないモンはしょうがないし、それに剣道で自分よりでかい奴倒すのって、結構爽快なんスよ。
だから、まあ、このままでもいいかな……なんてさ」
「……お前は明るいな、羽村」
「……先輩、馬鹿にしてます？」
「そーじゃねーよ。お前みたいな奴は、今まで俺の周りに在なかったから……、――いや、昔――一人在たな……」
「昔？」
「ああ……遠い昔だ……。お前みたいに明るくて、何でも前向きに考える人が……」
先輩は、酷く遠い眼差しで窓の向こうを見ている。
「……お前みたいな奴がいたら、悪い夢を見ずに済むかな……」
「……先輩、それって」
「何でもねーよ。さーて、飯食ってくるかな〜。羽村、お前飯は？」
「あ、もう済ませましたけど」
とっさにそう答えていた。別に嘘じゃなかったけど。
「そっか。じゃ、俺は飯食ってくら〜」
……先輩？
出て行く先輩の姿を見送って。
「何か……違ってたよな……？」
何時も寝てばかりでお気楽に見えた先輩の、今まで知らなかった一面を見た気がした。
束の間だけの暗い表情。それは何故か、今の俺の心に残った。
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