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剣道場の幽霊〜翔編〜
転校三日目、放課後の部活で直人が幽霊話を持ち出して来た。
「翔、例の噂、ますます広まってるぜ」
「噂って、幽霊のか」
「そ、先輩が見たってさ」
「直人は幽霊信じてんのか？」
「翔は信じないのか？」
「信じない」
「夢がないねー」
「夢とかって問題なのか？」
「見えないから信じないってのは、夢がねーと思うけどな。目に見えない物って結構あるだろ？」
「まあな」
「だろ？」
「ところで直人、俺昨日ピーマン食ったぞ」
「え、マジでか？」
「疑うなら、杏里か食堂のおばちゃんに確かめろよ、証明してくれるぜ？」
「杏里って――」
「千倉杏里」
「ああ、お前と同じクラスだったな、確か」
「そう。知り合い？」
「って程でもねーけど。あいつは割と大浴場来てたからさ、顔は知ってるぜ」
「そうなんだ」
「にしても翔が食うとはなぁ……ふーん……」
「何だよ？」
「いーや。なんでもねーよ。翔、稽古しよーぜ」
「おう」
部活が終わった後、俺と直人は寝屋川先生に呼ばれた。
剣道場の幽霊の正体を俺達で調べて欲しいという。
「でも何で俺達なんですか？」
「貴方達が剣道部で一番強いからに決まってるじゃない〜」
「そうそう、やっぱ強い奴に頼まないと駄目ですよね〜」
直人は乗り気みたいだ。
「先生は？」
「私〜剣道強いから〜人間なら大抵勝てる自信はあるんだけど、お化けとか幽霊とかって苦手なのよね〜」
「はあ。でも剣道効かなかったら俺達でも駄目なんじゃ……」
「効かないとは言わないわよ〜。私が苦手なだけ！」
「はあ」
「翔、幽霊信じてないんじゃなかったのか？」
「そうだけど？」
「じゃ、いいだろ？ 幽霊じゃないって証明して見せればさ。それとも怖いのか〜？」
「そうじゃねーよ、けど夜中に俺達だけってまずいんじゃ？」
「大丈夫よ、私は行かないけど、学園長の許可はもらってるから。引き受けてくれる？」
「うーん……」
「行こうぜ、翔。俺も、もう恐がりじゃねーって証明したいしさ」
直人が乗り気なのはそれでか？
「――解った。そーゆー事なら付き合ってやるよ」
「よっし！ 決まりだな」
「じゃ、これ剣道場の鍵。預けるからよろしくね」
寝屋川先生は帰って行った。
「で、どうする？」
「一回帰って、風呂入って飯食って、夜になったら来ようぜ。俺そっち行くからさ」
「ＯＫ．」
夜になって直人が来た。
「翔、準備いいか？」
「ああ、行こうぜ」
竹刀を手に部屋を出ようとすると。
「翔君、何処行くの？」
杏里がこっちを見ていた。
「杏里、寝てたんじゃないのか？」
「――どこいくの？二人して」
杏里の目が据わっている。何時から起きてたんだ？
「それは……」
「稽古！ 剣道の稽古だよ！ なっ翔！」
直人が取り繕う。
「あ、ああ。最近ちょっとなまってたし……」
我ながらわざとらしい誤魔化し方だな。
「こんな夜中に……？ 何処で？」
「えーと、剣道場で……」
杏里はジト目のまま、
「最近、噂があるんだって？ 剣道場に幽霊が出るって」
ギクッ！
杏里って妙な所で鋭いよな。
「さ、さあ〜そんな話聞かないな〜」
直人、お前も挙動不審だぞ。
「もしかして、本当は稽古じゃなくて幽霊退治に行くとか？」
ギクギクッ！
「――そうなんだね？」
でっかい眼で見詰めるな！ ウソが吐けなくなる！
俺はちらっと直人を見た。直人も困った様に渋い顔だ。――俺は仕方なく溜め息をついて認めた。
「……そうだよ、実は寝屋川先生に頼まれてさ」
「僕も行く！」
「え、杏里も？」
「僕も行く！ いいでしょ翔君？」
「だけど危ないぞ、もし本当に何かいたら肝試しじゃ済まなくなる。俺達は剣道部員だけど、お前は……」
「俺達と違って、弱っちいだろ？」
だーーっ！！ そんなにはっきり言うな！！
「でも、もし本当に幽霊さんだったら、僕、役に立てるかも知れない」
「幽霊さん？」
「僕、小さい頃から見えるんだよ。一人の時とか、よく遊んでた。仲良くなれば、親切なんだよ、幽霊さん。幽霊だからって、何でも退治しちゃったら可哀相だよ？」
直人が叫んだ。
「だーーっ！！ ンなモンと仲良くなるな！！ 友達なら人間としろ！ 人間と！」
「うん、僕翔君の事、友達だと思ってるよ。翔君は？」
「え、そりゃ俺だって」
「だったらいいでしょ？ それとも僕がいると迷惑？」
うーん……
「幽霊じゃ無いのが出たらどうするんだ？」
「あ、僕フルート持ってくから」
『フルート？？』
俺と直人の声がハモった。
（おい、フルートってまさか楽器のか？）
（多分……）
「逢坂先輩が言ってくれたんだよ。僕のフルート聴くと元気が出るって」
「本気か……？ 止めといた方がいいんじゃないか？」
直人は呆れている。
「そんなことない！ 僕も行く僕も行く僕も行く！ お願い翔君！」
杏里が真剣なのはよく解った。……どうも弱いな、本気って奴に。
「……解った、一緒に行こう。でもあんま前に出るなよ？」
「うん！ ありがと翔君！ 青木君も頑張ろうね！」
「おい、翔、大丈夫か？ あんなんでさ」
「まあ何とかなるだろ、幽霊と友達になれるらしいし。味方は多い方が楽しいしさ」
「しょうがねぇなー」
俺達は三人で剣道場に向かった。
学園に続く林の道は噂に違わず真っ暗闇だ。
「ホントに真っ暗だね……」
杏里が呟く。
「怖いなら帰ってもいいんだぜ〜？」
直人がからかうように言う。
「帰らないよ！」
「直人こそ、平気になったのか？」
「お、俺は平気だ！」
「ふーん……。そういや直人も特待生なのか？」
「ああ。まさか剣道部が弱小だったってのは、ちょっと誤算だったけどな」
「俺、そこまで考えてなかった。剣道出来るってだけでさ」
「だろうな」
「翔君と青木君って、昔からの知り合い？」
杏里が訊いてきた。
「ああ、中学の時のな」
「そうなんだ」
道に張り出していた枝が急に大音量でガサガサッと鳴った。
「！」
「な、何だこいつら！？」
地下洞窟に出たのと同類っぽい巨大な化け物が飛び出して来て、動揺して隙を見せた直人を引き摺って行く。
「う、うわああっ？」
「直人！！ くそっ退けよこいつら！！」
追い掛けようとしたが、他の雑魚に足止めされて、見失ってしまった。
「どこ行った！？」
「学園の方に行ったよ！ 翔君！」
「追い掛けるぞ！」
「うんっ！」
辿り着いたのは、剣道場だった。――扉が開いてる！
「直人！」
化け物の向こうに、直人の姿が見えた。
「翔！ 来るな！」
「何言ってんだ！ 出来る訳ねーだろ！」
化け物の咆吼が空気を震わせる。
「くっ……脅かしやがって……行くぞ！」
地下空洞で慣れた所為か、前より戦い易い。確実に急所目掛けて攻撃をヒットさせていく。
最後のうめき声と共に、床に響く音を立てて、化け物が倒れる。
「やった……！」
「青木君、大丈夫？ ケガしてない？」
「……くるなって……来ちゃ駄目だって……言ったのに……」
「直人？」
「くっ……」
直人は俯いたまま、何処か苦しそうな表情を見せた。
「どうした？ 何処か痛むのか？
」
「ぐ……うわああ！」
「！？ 直人！？」
その時俺は……信じられない物を見た。一瞬眼を疑う。
直人の背に……黒い翼！？
「お前その身体、何で？」
直人は低い、絞り出す様な声で答えた。
「改造されたんだ……戦闘用に……！」
「何だって！？」
改造！？
「改造って何だよ！ 誰が！ 何のために！」
「もう遅いんだ、もう元には戻れない。俺にはお前を倒すしか、もう道は無いんだ！！」
直人が、抜き身の刀をスラリと俺に向けて来た。――真剣だ。
「な、直人……」
俺の頭は大混乱していた。
俺を倒すのに改造？
誰が？ 剣道のライバルか？
んな訳ねーだろ！ いくらなんでも剣道勝つ為に改造なんてやり方、非常識すぎる。
じゃあ何で。
解んねえ。何が何だか全っ然解んねえよ！
だけど、それじゃあ、剣道場の幽霊の話は、俺を誘い出す為の罠で……。
「そうだ、幽霊なんて嘘っぱちさ、いや……案外嘘でもないかな、俺自身が剣道場の幽霊だったんだからな！」
言うなり直人が斬り掛かって来た。
「止めろ！ 俺はお前と戦いたくない！」
かわしながら叫ぶと、直人が攻撃の矛先を変えた。
「うあ！」
かわしきれず転んだ杏里に、直人が刀を振りかざす。
「杏里！ ――直人！！」
俺は直人に向かって突っ込んで行った。
間一髪、刀の切っ先を逸らす。
「翔君……背中に羽が……」
地下空洞の時程じゃないけど、背中が熱い。あの時とは違って、小さな白い翼だ。
だけど、そんな事はどうでもいい！
「もう、俺の声が聞こえないのか？ 直人！」
「翔……！」
呟いた直人の表情は歪み、憎しみが込められていた。
戦うしかないのか？
直人を止めないと……
俺は覚悟を決めて、構えた。
正面から打ち合えば、竹刀が負ける。直人を狙うしかない……！
――行くぞ――！
刃先を避けて流しつつチャンスを狙う。
――直人は中学の時一緒に全国制覇した剣道仲間だ。決して弱くなんかない。
おまけに黒い翼と刀を持った直人の動きは、何時もと少し違って、戦い辛かった。
だけど、何も解らないままで、黙って負ける訳にはいかない！
「――っ！」
振り切った刀の切っ先が肩口を掠めた。
「翔君！」
突然、澄んだフルートの音色が響き渡る。
「！？」
瞬間、直人の意識が逸れた。――今だ！
「面ッ！！」
「ぐ……っ」
防具無しの一撃は効いたらしく、直人が床に片膝をついた。
押さえた額から、血の筋が滴り落ちる。
何でこんな戦い――。
「……直人」
「……翔、ごめん――」
下げた刀の先端が床に触れて音を立てた。
「俺――お前と戦いたくなかった。こんな身体にもなりたくなかった。でも、親父の工場を潰してやるって脅されて――」
「脅された？ 誰にだ？ 誰がお前にこんな事を！」
「それは……っ……くそっ……」
直人が頭を振る。
「お前の所為だ……！」
「え？」
「お前が俺の友達だったから、狙われたんだ……！」
「俺の所為？ どういう事だよ直人！」
「お前の所為だ……俺が不幸になったのは全て……！」
「青木君……？」
杏里がじっと直人を見ている。」
「中学の時もそうだ。お前がお前が俺にも何も言わずにさっさと転校してしまうから、次の年は勝てなかった……」
「そ、それは悪かったとは思ってるけど……」
「――青木がいても羽村がいなけりゃ勝てない……お前がいないと駄目だとみんなそう言ったよ」
「何言ってんだよ！！ 二人だから勝てたんだろ１？ 俺だって……俺だって一人じゃ無理だ！」
「――翔、全国大会の決勝戦……憶えてるか？」
「え？ ああ、勿論」
いきなりの話題に戸惑う。
「いい試合だったよな。お前の両親も来てくれて……あの頃が一番楽しかったかもな……」
「直人……」
「また……一緒に行けたらいいのに、な……」
「行けるよ！ 一緒に全国行こうぜ！」
「ぐっ……キレイ事だ……。俺はお前を許さない……。俺をこんな目に遭わせたお前を……必
ずこの手で倒してやる！！」
勢いのまま、直人が立ち上がる。
「直人！」
俺はとっさに引き留めようとしたけど、直人は黒い翼を広げて、夜の闇に飛び出して行った。
「……直人」
一体、何があったんだ？
「青木君、どうしちゃったんだろう……。翔君、ケガ大丈夫？」
「ああ、こんなの平気だ。それより何がどうなってるんだよ……？」
「翔君……」
杏里がフルートを吹き始めた。――温かい調べだ。
――ん？
「傷が……治ってる？」
刀傷が消えてる。
「え？ 翔君、大丈夫なの？」
「ああ、杏里、お前……」
「え、僕？」
「お前のフルートじゃないのか？」
「ええ？ そうなの？」
「……確かにお前のフルート、元気が出るな……」
もう何があっても驚かないぞ。そんな感じだった。
次の日の夜も、俺は寝られなかった。直人は学校に来ていない。
「俺の所為――俺が悪かったのか？」
俺は部屋でごろごろ転がりながら呟いた。
「そんな――翔君、思い当たる事あるの？」
杏里は茶の入ったカップを抱えている。
「解らない」
「お父さんの工場がどうとかって言ってたね」
「直人の家は小さな町工場だったんだ。俺もよく遊びに行った」
「でもそれが、翔君と何の関係があるんだろ？」
「解んねーよ！」
杏里がずいっと向き直った。
「――あのね、翔君。僕、昨日の青木君見てて気が付いたんだけど、何だか黒くてもやもやした物が、青木君の後ろにあった」
「黒い？」
「うん、翼じゃ無くて、濃い霧みたいな……翔君は見えなかった？」
「全然。――幽霊とかか？」
「少し違うみたいだったけど。僕にはあのもやもやした物が、青木君を操ってる様にも見えたんだ」
「え？」
「青木君、翔君に恨み言を言うばっかりじゃ無かったでしょ？ 謝ってたり、あの頃が一番楽しかったって言ったり……」
「……」
「違うかも知れないけど。恨み言は、あの後ろの黒いのが言わせてる気がしたんだ。青木君が恨み言を言ってる時、あの黒いのが、大きくなってたから」
「じゃあ……」
「ホントの青木君は、今でもきっと翔君の事、友達だと思ってるよ」
「杏里……」
一体何が起こっているんだろう？
「――もう一度会えるかな。直人に」
「会いたい？」
杏里が少し心配そうに訊く。
「――会いたい。会って本当の事が聞きたい」
「――うん。そうだよね。僕も……このままじゃ嫌だと思う」
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