（P４）
ＣＡＳＥ・１～初陣～
それは、デュオンが解放軍を継いでから、初めての大規模な戦闘だった。
不意の奇襲。
「！」
（しまった魔法兵が……！）
風を切る弓の音。
デュオンが振り向くと、ルック率いる魔法兵隊が潜んでいた敵の弓兵に攻撃されるのが眼に映った。
視界の中、体勢を崩したルックの口元は、それでも皮肉気な笑みを浮かべて、言葉を刻む。
『――これも 運命だね……？』
『ルック……！？』
聞こえる距離ではない。
だが、そう聞こえた気がした。
しかし次の瞬間、風の魔法が敵陣に向けて展開、追撃を牽制する。
「――バルガス！ 頼む、魔法兵を引かせるんだ！」
「おう！」
「デュオン様、前方に敵が！」
「ああ、すぐに向かう！」
すぐに他部隊を回し、ルックの隊を引かせたが、その詳細を気にする間もなくデュオンは戦い続けた。
そして、結局ルックがかなりの重症を負って救護室に運び込まれたらしいと聞いたのは、城に引き上げてからだった。
「ルックが――重傷？」
「ええ、命に別状はないようですが……」
デュオンはサンチェスを残して踵を返した。
「デュオン様？」
「救護室だろ？ 行ってみるよ」
――死ぬはずがないと言う思いと、もしかしたらという、微かな不安。
やはり気になってデュオンは足早に救護室を訪ねる。
救護室は一戦交えた後だけあって、それなりに混雑していた。
（さすがに混んでるな）
視線をめぐらせると、見覚えのあるローブがベッドの脇にかかっている。
（！ あれは……）
デュオンはそれを見て少なからず眉を寄せた。
――血で染まっている。
まさか、という気持ちを振り払うように近付くと、ベッドを覗いた。
――いた 。
心無しか血の気の引いた顔で眼を閉じている。
「……ルック」
声をかけると、その眼が煩そうに開く。
「……何か用？」
思わず、息をつく。
「……何」
「良かった、君が生きてて」
ほっとしたように言うデュオン。
それに対し、ルックは横目で切り返した。
「――何で？」
「何でって……」
仲間を心配するのは当然だけど、デュオンは少しとまどうようにルックを見返す。
彼といると、他の誰とも違う世界が見える気がした。
それを何と言うのだろう。
「別にどうでもいいけど。リーダーがそんなんじゃ兵の士気に関わるんじゃないの？
こっちも遊びで付き合ってるんじゃないんだし」
（相変わらず、か）
「大きなお世話だよ」
変わらないルックのセリフに、デュオンは悪い？ という風に言い返した。
「……言っとくけど、戦争で人が死ぬなんて当たり前だし、こんなの、気にすることないよ」
少し、意外な気がする。
「何で君はそんな風に言えるんだ？ 好きで参加してる訳でもないのに。自分の、命さえ、そう言うのか？」
「……あんたリーダーに向いてないんじゃないの？ 何でそんなに気にするのさ。君には関係ないだろ？ 僕のことなんて」
「……そうなんだろうな……でも、俺は……」
タンッ……
ざわめきの中、棍を床につく音がやけに大きく聞こえて、
少し迷うようにルックを見る。
「君みたいに真の紋章を持つ者にさえ、死を与えることしか出来ないのかと思うと、やっぱり迷う」
「――馬ッ鹿じゃないの？ そう思うなら、あのドンくさい指揮をどうにかしなよ。言っとくけど、〝その紋章〟は関係ないよ」
小馬鹿にした様な視線。
「……そうか？」
「当たり前だよ。第一君なんかの紋章にこの僕が屈するとでも思う？ 冗談も大概にしなよ」
傲慢な程、言い捨てる。
――だが。
「まぁ、これも運命だし、気にしなくていいよ」
こともなげに、言い放つ、
――やっぱり気のせいじゃなかったんだ。戦場での、あの言葉は。
「運命、って……、全部、運命だって言うのか？」
「……〝そうだよ〟」
「…………」
少しの沈黙の後、デュオンが言う。
「僕は、そうは思わない。だから気にするし、君には死んで欲しくない。――勝手だけど、色んな意味で」
「本当、勝手だね」
こっちはもう関わりたくないってのに。
「解ってる。……でも君は、死なないんだろう？」
真っ直ぐな眼に、少し含みある言葉。
「……さぁね」
僕はあんたの都合のいい存在なんかじゃない。
「もう、行ってくれない？」
「ルック、君はこの紋章では死なないんだね？」
今度は、真剣な表情。
「……そう言っただろ」
「――その他では？」
「さぁね」
面倒そうに返すと、デュオンはうなずいて。
「そう、解った、頑張るよ」
「何を」
問い返すと。
「君を殺さないように精進するよ。リーダーとしてね」
「……あんたのせいじゃないって言ったろ」
「いいんだ」
デュオンは明るく微笑う。
「僕が勝手にやるんだから」
「……勝手にすれば」
関わってられないとばかりに言い捨てる。
「勝手にするよ」
ルックの不機嫌な声も意に介さずと言った風に応じると、デュオンは立ち去る。
全く、何であんなのがリーダーなのかな。
ルックは疲れを感じて溜息をついた。
（布陣が変わってる……）
二回目の戦場に立ち、ルックは眉根を寄せる。
先日の言葉通り、魔法兵に直接攻撃が来ないようにそれとなく陣を敷いてある。
だが――
（後援はし易い……けど面白くないな……）
それでもルックは向こうでデュオンの隊が奮戦しているのを見ると、小さく舌打ちして、 風の魔法を解き放った。
鋭い唸りと共に風が陣を引き裂き、敵を打ち倒す。
デュオン達も、強い風にあおられる。
「――ッ 」
風が収まると、敵は大方倒れ、残った敵も簡単に散っていった。
デュオンは改めて顔を上げ、辺りを見渡す。
傾きかけた陽射しが綺麗で、戦場を風が吹き上げていた。
デュオンはルックに視線を合わせた。
先程の風の主は、静かにこちらを見ていた。
それは、初めてだったかも知れない。
ルックは人を見下す様な冷笑なしで、デュオンを見た。
自然と、デュオンの顔に笑みが浮かぶ。
曇りのない笑顔。
ルックは星の光とは違う何かを見たような気がした。
言葉にはならずに、妙に落ち着いた自分と、内心の微かな動揺にも似た気持ちに、気付かない振りをする。
（だけどこの僕が）
自軍に続けて指示を出すデュオンを見て、うなずく。
（君なんかに負ける訳ない――）
自分の隊を顧みたその顔は、既にいつもの小生意気な表情のままだった――。