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２日目、朝１〜縁樹〜
次の日朝食に烏月さんは姿を見せなかった。
お祭り関係の仕事なのだろうと女将さんは言っていた。
ニュースでは、経観塚郷土資料館から古い鏡が盗難にあったらしい。
サクヤさんは、『昼の間なら大丈夫だろう』とか言って、仕事に行ってしまった。
わたしは朝食時に旅館の女将さんにオハシラサマのお祭りの話しと御神木の場所を訊いた。
山の中のオハシラサマのご神木。
……とくん。
心臓の音が聞こえた。
其処に行けば何か解るかも知れない。
「オハシラサマの所へ行ってみよう」
汗を拭き拭き、何処か見覚えのある山道を登って――
「ふぅ、やっと着いたよー」
白い花を咲かせた大樹を見上げて一息。
「あれ――」
先客が在た。
それは何処かで見たような――
それは何故か懐かしい――
烏月さんの尋ね人だった。
少し長めの髪が風に流れて――
「僕の顔がどうかしたのかい？」
「え？ えっと……地元の方ですか？」
「そう……いや、昔はこっちに住んでいたんだけど、今は違うよ。そういうことを訊く君は？」
「わたしもよそから」
「じゃあ知ってるかな、もうすぐこの土地のお祭りがあるんだけど」
「あ、はい。旅館の女将さんから」
「僕はその関係でちょっとね」
お祭りの関係者――と言うことはやっぱり烏月さんの知り合いだったりするんだろうか？
「もしかして千羽烏月さんのお知り合いですか？」
「千羽……」
何だか微妙な反応だった。
尋ね人に探している人の名前を出しちゃったのは失敗だっただろうか。
「そういう君は、どういう関係？」
逆に聞きかえされた。
「どうって、同じ旅館に泊まったってだけですけど……絶交されちゃいましたけど」
「絶交？」
「はい……」
「どうして？」
「じゃないと、わたしが辛い思いをするからって……」
「……じゃあ君は千羽党の人間じゃないのかな」
「違います……」
「僕は一応親戚繋がりでね。一口で言えるほどには近くないんだけど、彼女とは遠縁に当たるんだ」
「……あなたも千羽さん？」
「あはは、僕はケイだよ」
「えっ？」
その時、風が吹いて、御神木の白い花びらが舞飛んで来た。
「わ、紋白蝶みたい……」
「エンジュの花びらはよく蝶の形に例えられるね。鬼の木と書いて槐。この木の名前だよ」
「こんなに綺麗な木なのに？」
「こんな木だからだろうね。揚羽蝶には『鬼車』と言う別名があってね、それらが魂の乗り物と言われているからなんだろうね。中国では鬼という字は『キ』と呼んで、死者の魂のことを指しているんだ」
北の地には死んだら蝶になるという伝説まであって、槐が墓標にも使われたりしたそうな。
「魂を運ぶ、蝶の形をした白い花……。魂が迷わずに蝶に変われるように？」
「それはどうかな……だけどこの御神木は、君が言う通りの意図を持って植えられたものだよ。還ろうとしないある魂を、蝶の形に変えて散らそうとしているんだ」
「随分詳しいんですね」
「たまたまだよ。この木には縁があってね」
「成るほど、思い出の場所とか？」
「そうだね、この木は僕の大事な人の分身みたいなものだから」
「大切な人って……オハシラサマ……ユメイさん？」
「！？ どうして君が其れを……君は一体？」
「わたしは……ケイくんと同じで、桂。羽藤桂。偶然ですよねー」
「ハトウ……ケイ？」
「はい……桂は桂馬の桂……って、どうかしました？」
「いや……それでどうして君がユメイさんの事を知っているんだい？」
「私、夢を見たんです。小さいわたしがここに来る夢を『忘れろ』って」
「見たのか……」
何かを諦めたような声で、彼が言った。
「わたしはその頃の事を覚えていないんです。だからあの夢の記憶だけがわたしの昔の記憶なのに其れを『忘れろ』って。だけどわたしは忘れられなくて……。それから昨夜も双子の鬼、ノゾミちゃんとミカゲちゃんに襲われた所を助けて貰ったんです」
「！？ ノゾミにミカゲだって？ ……くそ……やはりもう一日はやく動いていれば……」
「え？」
「いや、何でも。それより君はもう元の街に戻った方がいい」
「いえ、それが駄目なんです」
「駄目？ どうして……」
「お父さんの実家もまだ見てないし……それに此」
そう言ってわたしは携帯のストラップを取り出した。
「此は？」
「お守りなんですけど……これに《力》を織り込んでもらわないと、帰ってもわたし、鬼に狙われちゃうらしいんです……」
「……」
ケイくんの右目が一瞬、烏月さんと同じ様に蒼く光った。
やっぱりケイくんは千羽党の人なんだろうか。
「成る程……」
何か考え込んでる様だった。
「千羽烏月さんには絶交されてしまったって言っていたね」
「はい……」
「だったら、なるべくサクヤさんと一緒に在るんだ」
「えっサクヤさんの知り合いですか？ でも何でこっちに来てるって事まで……」
「旅館の前で車を見たからね。あれは目立つから」
「あ……確かに」
サクヤさんの愛車は極彩色、鳥居も真っ青の朱色のクロスカントリー４ＷＤ（略すとクロカン）なのだ。
つまりは道が悪くてもへっちゃらな四輪駆動の車。
「でも何でサクヤさん？」
「それは本人から訊くといい」
「はあ。でも『昼の間なら大丈夫だろう』とか言って、仕事に行っちゃってるんですよねー」
「それはまた……」
「ところであの……」
「何だい？」
「お父さんの実家までの道を訊きたいんですけど……」
「ああ、羽様の屋敷だね」
「解るんですか？」
「この辺りで家と言えばあそこだけだから。慣れない人だと枝道があったりして大変だと思うから、送ろうか。何だか物騒な事態になってるみたいだしね」
「えっ？ いいんですか？ お祭りの準備とかは……？」
「少しくらいなら大丈夫だよ。そう遠くはないしね」
「じゃあ、宜しくお願いします……」
「所でさっきの話しだけどね」
ケイくんが先を歩きながら話し掛けて来た。
「はい？」
「あまり思い詰めない方がいい。彼女――ユメイさんが忘れろと言ったのなら、それは思い出さなくてもいいことなんだ」
まるで、私を襲った赤い痛みの正体を知っているかのような口調で言う。
「忘却は人に与えられた恩寵のひとつだよ。君はそれを受け入れた方が幸せになれる。今更、薮をつついて蛇を出すことはないんだ」
顔立ちは全然似ていないんだけれど、こういう物言いやまなざしの強さは、やっぱり烏月さんと似ているかも知れない。
「とにかく、忘れている事を無理に思い出そうとするのはよした方がいいね。何が出てくるのかわかったものじゃない。それこそ……」
飲み込んだ筈の言葉が、どうしてかはっきりと聞こえた。
「鬼が出るか、蛇が出るか。果ては両方か」
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