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１日目、夜６〜お守り〜
「何だい、恋文突っ返された乙女みたいな顔をして」
部屋に戻ったわたしをサクヤさんが出迎えた。
「あはは……そんなに酷い顔してるかな……？ ――絶交されちゃったよ……」
「桂ちゃん、無理しないで。――桂ちゃんは如何したいの？」
未だ部屋に残っていたユメイさんが声を掛けてくれた。
「烏月さんと仲直りしたいよ……。このまま縁が切られちゃったままなんて嫌だよ……」
「だったら、きっと大丈夫よ。桂ちゃんの気持ちはきっと烏月さんにも伝わるわ」
「だといいんだけど……」
「ま、あたしとしては、縁が切れたのならそのままにしておく事をお勧めするよ」
「そんな、サクヤさん酷い。助けて貰ったのに……」
「助ける？ 何からだい？ あたしは途中参加だったからねぇ」
「ノゾミちゃんとミカゲちゃんて言う、双子の鬼」
「ノゾミにミカゲだって？」
「サクヤさん知ってるの？」
「知ってるも何も……ユメイと烏月が来るまでの間に、あんたに何があって、あんたは何を知ったんだい？」
「うん……」
わたしはとつとつと説明した。
ユメイさんの夢の後で、鈴の音がして、小さいわたしの手が思い出せない誰かの血に染まる赤い痛みをともなう夢を見たこと。
その悪夢を見せたのは、目覚めた後に現れた、ノゾミちゃんとミカゲちゃんだったということ。
その子達が言うには、血には《力》が宿っていて、わたしの血はその中でも特別な《贄の血》だということ。
襲われたわたしをユメイさんが助けてくれて、でもユメイさんも危なくなって、そんな時に烏月さんが現れたこと。
「まさか、烏月はともかくユメイが……」
「え？」
「いや、そのノゾミとミカゲって奴らは、退治されてるはずなんだけど……」
「そうなの？」
「桂、あんたは朝になったら帰りな。こっちに来た途端に襲われるようになったんだろう？ だったら帰れば襲われなくなる。あいつらが追って来ない限りね」
「でも……お父さんの実家も未だ見てないし……」
烏月さんの事も気がかりだし。
「ちょっと待って下さいサクヤさん」
口を挟んだのはユメイさんだった。
「――桂ちゃん、お守りは持っているかしら？」
「お守り？」
「ああ、あれさ。あんた、携帯のストラップにしてるだろう」
「あっ、これ？」
それは蒼い珠に白い蝶をあしらったお祖母ちゃんの形見の蒼玉だった。
サクヤさんがそのお守りの珠を覗き込む。
「なる程、やっぱり薄くなってるか」
「ええ、このまま桂ちゃんを帰すのも危険かも知れません」
「どういうこと？」
「桂ちゃん、そのお守りは、贄の血を隠してくれるの。羽藤家代々に伝わるお守りよ」
「あ、そうか。代々同じ悩みを抱えてたんだものね」
そんな物があってもおかしくない。
「最も、此の経観塚には昔からの結界が張られているから、此処に住んでいるのなら、外からの鬼に気付かれる事は無いのだけれど」
「外に出る人には必需品？」
「ええ、そうよ。だけどそのお守りは定期的に《力》を織り込まないと、効力が切れてしまうのよ。この様子では持って後数ヶ月って所かしら」
「わ、じゃあもしかして、わたしこのまま帰ったら大ピンチ？」
サクヤさんが溜め息をついた。
「ユメイ一人じゃあんたを庇うのは難しいようだし、どうしようもないなら、仕方ないから心当たりに頭下げに行ってやるよ。不本意極まりないけどね」
「心当たり？」
「烏月さ」
「あ……」
「まぁそれでも一朝一夕にはいかないだろうけどね」
「うぅ〜」
呻いて、はたと気付いた。
「でもどうしてユメイさんは其処までしてわたしを守ってくれるの？」
「……」
ユメイさんは何処か懐かしげな眼差しで微笑んだまま黙っている。
「そりゃあ……羽藤の家の守り神みたいなものだからね」
代わりにサクヤさんが答えた。
「守り神……じゃあわたしのご先祖様とか？」
「身内には違いないけど先祖じゃないよ」
そう言えば、ユメイさん、わたしの事は『桂ちゃん』なのに、サクヤさんの事は『サクヤさん』って呼んでる。
私よりは年上で、サクヤさんよりは年下なんだろうか。
だとしたら、誰なんだろう。
わたしは考え事を続けながら、今までの冷や汗を拭こうとタオルを探しにかばんに手を突っ込んで――
「痛っ」
ばらけたソーイングセットの針で、指先を刺してしまった。
ちゃんと蓋閉めて無かったのかも知れない。
「桂ちゃん？」
「あはは何でも――って、ちょっと待って。わたしの贄の血って、人じゃないモノが飲むと元気になるんだよね？ ユメイさんだいぶ《力》使っちゃってたよね？ 良かったらユメイさん、わたしの血を飲む？」
「桂ちゃん、どうしたの？ その指……」
「ちょっとソーイングセットがばらけて針刺しちゃったから。このままだと痛い損みたいだし、ユメイさんにはお世話になったし……ね？」
「……わかったわ」
ユメイさんはわたしの指先をそっとくわえて流れ出る血を舐め取った。
「んっ……」
「出ないようなら、もっと吸ったり噛んだりしていいからね？」
「ええ……」
そして数分後。
「ありがとう、もう大丈夫よ」
ユメイさんの身体はさっきよりもはっきりと見えている。
「もういいの？」
「ええ、最も朝日が昇れば消えてしまうかりそめの形なのだけど――」
「え、そうなの？」
「ユメイ、あんたはもう帰りな。形を保つのだって《力》が必要なんだろう？」
「ええ」
「えっじゃあこんな所で長話してないではやく楽な姿に戻って！」
「大丈夫よ、わたしが好きでしていたことなのだから。――サクヤさん、桂ちゃんのことをお願いしますね」
「ああ、今度こそ任されたよ」
「では、形を解きますね。わたしの助けが必要になったときに、再び形を成せるように――」
ユメイさんは自分で形を解いて、夜の闇に溶けるように姿を消した。
そしてその後、サクヤさんは自分の部屋からお布団を運び込んでわたしの部屋に泊まってくれた。
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