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１日目、夜４〜援軍〜
コンコン。
扉が叩かれた。
「桂さん、今の悲鳴は何事だ？ 中に何かがいるのか？」
ああ、この声は、この口調は――
二人の意識が私から外れた瞬間。
「えーいっ！」
わたしは根性を振り絞って、ノゾミちゃんに体当たりで突進した。
その成果は身構えていた私でさえも反作用で倒れる威力。
よもやの伏兵だったのか、ノゾミちゃんは受け身も取れずに転がった。
「烏月さん、今開けるから！」
振り返らずにドアに飛びつく。
「桂さん、鍵を開けたら横に退くんだ」
「うっ、うん」
言われた通り、鍵を開けると同時にわたしは身をひっくりかえしてドア前のスペースを空けた。
ミカゲちゃんが直ぐ側まで近づいて来ている。
私の横を掠めた影は、手にしたものを振り下ろし、ミカゲちゃんは後ろに飛び退いた。
其れは、研ぎ澄まされた鋼の刃。
烏月さんは姿勢を戻し、蒼い右目を見開いた。
「現身を崩して逃れたか。だが、この太刀を舐めてもらっては困る――この維斗は百邪を除き凶気を払う霊刀。霊体であっても、ただで済むとは思わないことだ」
「それは鬼切部の――」
「私の名は千羽烏月。維斗の太刀を担う、千羽党の鬼切り役」
烏月さんはそう名乗った。
「ふぅん、あなたが――前から其程経っていないのに、もう代替わりしているのね？」
「人の寿命はそう長くない。それほどがどれほどかは知らないが、百年生きる人間は稀だと覚えておくがいい」
ノゾミちゃんはちょっと嫌そうな顔をした。
「知っているわ。人間の弱さなんて嫌になるほど。病にはかかるし、すぐに死んでしまうし」
「そう思って人を侮るのなら――下手な小細工はよしてもらおう。私は、その程度の邪視なら無効化出来る」
「あら、其れは残念。それにしても今回は随分対応がはやいのね」
「対応と言うからには、既になにかをやらかした後と言うことか」
「あら、失言だったかしら」
「姉様、そろそろ潮時でしょう」
ミカゲちゃんがそう進言する。
「そうね、しょせんは遊びで来ただけだし、何だか興醒めしてしまったもの」
二つの声が重なる。
「「では、ごきげんよう――」」
鈴の音だけを残して姿を消した。
「あはは、すごい、まだ生きてる。やったよ、助かったよー」
そう言って畳にへたり込むと。
「いや、まだだ」
「えっ？」
烏月さんの視線を辿ると、ユメイさんをその蒼く光る右目で睨め付けていた。
「彼女も――人間ではないのだろう？」
「ちょっと待ってよ、ユメイさんはわたしを助けてくれたんだよ！？」
何とか二人に割って入った。
「ひゃっ」
目の前に白刃。
「あなたの信頼を得るための偽りでは無いという保証は？」
「そんなこと……」
「ないと断定出来る程、あなたは彼女の事を知っているのかい？」
「……それは……」
知らないけど、知っていたかも知れないのに。
何もかもを忘れている自分が恨めしい。
「桂さん、そこを退くんだ」
「嫌！」
「どうしても？」
「どうしても！」
「そうか、ならば仕方がない。私は鬼を切るもの――その邪魔をするのならば、人とて許すつもりはない」
脅しなのか本気なのか、無造作に刃を近づけてきた。
切っ先が産毛に触れた。
いきなり目の前が真っ白に――
「大見出しは『ナントカに刃物！ 某有名私立に通うＵＳさん真夜中の凶行！』って感じかねぇ」
「……」
「おーい、桂ってば生きてるかい？」
「……サクヤさん？」
そうか、さっきの真っ白はカメラのストロボだったのか。
サクヤさんのお仕事はルポライター兼フォトグラファーだ。
「どうしてサクヤさんが此処に？」
「仕事で夜通し走って此処に着いてねぇ、ひとっ風呂浴びさせて貰ってたんだよ」
……そうだったのか。
「それであんたら、なに騒いでるんだい？」
「それがね、サクヤさん。烏月さんがユメイさんを切るって言って――」
「あん、ユメイだって？」
「あ、ユメイさんってこっちの――人間じゃないんだけど、悪い人じゃないんだよ」
「……」
サクヤさんはじろじろとユメイさんを見た後。
「烏月よ」
「何ですか」
「そいつは人に仇なす鬼じゃ無い。此の地に奉られてるオハシラサマだよ」
「オハシラサマ……？」
「そいつを切ったらえらい事になるよ」
「……」
烏月さんはユメイさんをじっと視ている。
「それが本当だと言う証拠は？」
「さてねぇ。でもこっちには傷害、殺人未遂の決定的瞬間の映像もある事だし」
「恐喝ですか、別に構いませんが」
烏月さんとサクヤさんは半分冗談なのか、お互い恐喝まがいのやり取りを続けている。
「もちろん、どのような状況においても、それなりの対策が取られることになると思いますがね。若杉を通して」
「かーっ、これだから権力もった親方に尻尾振ってる犬ッコロは」
「犬はあなたのことでしょう。己を揶揄して楽しいですか」
「はっ、忘れてもらっちゃ困るねぇ。誰かさんらのおかげで、あたしは正真正銘の一匹狼だよ」
何か、仲悪そう。
にしても一匹狼って、権力に媚びないフリーのルポライターって事を指して言ってるのかな？
それに写真の方が売れてるのって、色々あってスポイルされちゃったからとか？
そう言えばさっき言ってた若杉って、若杉銀行とか若杉商事とか若杉銀行とかで、戦後の財閥解体のところで教科書にも載ってるあの若杉？
――烏月さんに逆らったわたしも、社会的に抹殺されて、鬼とか言われちゃったりするんだろうか。
カチャッ
涼しげな金属音につられて顔を上げると、烏月さんが鞘に刀を収めたところだった。
それから烏月さんは携帯を取り出すと、何やら話し始めた。
声が小さくて良く聞こえない。
「経観塚……オハシラサマ……ユメイ……」
どうやら確認を取っている様だった。
やがて烏月さんが話し終えて、ユメイさんの方を向いた。
「――先程は失礼しました」
「烏月さん……」
目が合うと、自嘲めいた笑みを浮かべて、ドアの方へと歩き出した。
そして部屋の出入り口に陣取っているサクヤさんにぶつかる直前で足を止め。
「仮に私が切る気になっても、黙って見ている彼女じゃないだろうしね」
烏月さんは道を開けたサクヤさんに横目で一瞥して、部屋から出て行った。
「烏月さんちょっと待って！ サクヤさん、悪いけどここお願い！ ユメイさんのことよろしくね！」
ユメイさんの事も気に掛かるけど、同じように助けに来てくれた烏月さんを追い払った様な形で送り出したのが気になるし。
わたしは裸足のまま、今出せる最大速度で烏月さんを追った。