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１日目、夜３〜異変〜
「――！！」
わたしは飛び起きた。
解っていたけれど、夢だった。
この息苦しさ、わたしは本当に悲鳴を上げていたのか。
だとしたら、何て迷惑な。
けれど、何て生々しい――
チリン。
「残念、起きてしまったわ」
「誰！？」
扉の鍵は掛けてある。
普通の子じゃ無い。
其処には赤と黒の左右非対称の裾の短い着物を着た女の子が立っていた。
其の合わせは死者を表す左前。
右足首には金の鈴。
「私はノゾミ。貴方を迎えに来たのよ。そう、あの女の――贄の血を引く羽藤の子だから。そうでしょう、ミカゲ」
「はい、姉さま」
くるりと反転するように現れたのは、まるで鏡合わせの――
双子？
とくん。
心臓が跳ねた。
どうして私はそんな言葉に反応するのだろう。
迎えに来たとか、あの女とか、贄の血だとか、もっと重要そうな言葉が出ていると言うのに。
「それにしてもあなた、本当に忘れてしまったのね。せっかく思い出させてあげようとしたのに」
――思い出す？ じゃあ今の夢はこの子達が。
この子達はわたしの知らない昔を知っている？
「ねぇっじゃあ知ってるかな、青い蝶々の着物を着た女の人――」
その言葉は、ノゾミちゃんの笑い声によって遮られた。
「あははははは――本当に忘れてしまっているのね。どうやってかは知らないけど、つい最近まできれいに血の臭いを隠していたし、都合良くこちらに来たと思ったら、邪魔者まで一緒だし。あなたの言う、蝶の着物のあの女と」
「当代の鬼切り役」
「鬼切り役――？」
一体何の話だろう。
「本当に苦労を掛けてくれるのね。だからこんな所ではしたないけれど、少しだけ貰ってしまおうかしら」
そう言って、ノゾミちゃんがちろりと舌なめずり。
「貰うって、な、何を――」
「貴方の血」
「特別な血」
ノゾミちゃんとミカゲちゃんは言葉を継ぐ様にして、交替で言葉を紡ぐ。
「血に《力》があることは知っていて？ 形のある肉の一部でありながら、形のない魂の一部でもあるの。血には貴賤があるのよ。あなたの血はね、とても純粋で尊い。とても濃くて強いのよ」
「八十、八百、八千の人の血を、飲み干しても尚釣り合わないほど」
「神でも鬼でも何でもいいわ。あらゆる人でないモノは、あなたの血を飲む事でより大きな存在になる事が出来るの。そう、強い《力》を手に入れられるの。其れが『贄の血』」
「そんな――」
知らなかった。
わたしが、わたしのお父さんやお祖母ちゃんが、そんな血を身体に流していたなんて。
ああ、あの夢――あの人――お父さんはお化けのせいで――！？
それともあれはわたしが――！？
違う違う違うっ！
家にお父さんが在ないのは、火事のせいだってお母さんがっ
「今も昔も贄の血の持ち主は珍しいのよ。誰もが貴方のように血の臭いを隠せるわけではないから」
「もし、隠せなかったら……」
「うふふ、解るでしょう？ 隠れないと」
「逃げないと」
「鬼に捕まったら食べられてしまうのよ？」
そう言ってノゾミちゃん達が近づいて来た。
その紅い眼に見詰められ、金縛りにあって身動きできないわたしの上に被さるようにして、ノゾミちゃんがわたしの首筋に口付けた。
もしかして、こんな所でわたしは死んでしまうのか。
「そんなことはさせないわ」
此処に在る誰のものでもない声が響いた。
「誰なの！？」
二人がわたしから離れた。
「わたしはユメイ」
その言葉が触媒になったのか、部屋が赤から青い光へと置き換わった。
群舞する白い蝶。
そして現れた人影は――
「――桂ちゃんを守る為に形に成った、あなたたちとは対立するもの」
ああ、あの人が来てくれた。
月光蝶を付き従えて、夢の中のあの人が。
「あなたは確か、十年前の」
「それでのこのこ現れたのね？ でも邪魔はさせないわ。だって私――自分よりも弱いモノに命令されるのは嫌いだもの」
二人の身体から、赤く透ける霧のようなものが立ち上った。
ノゾミちゃんが高慢に言い放つ。
「あなたに何が出来ると言うの？」
ミカゲちゃんがそれに続けて。
「主さまを押さえるので手一杯のあなたに何が？」
「勝ち目がないのは解っているわ」
その言葉は本当の様だった。
赤い霧と月光蝶は赤と青――光は光でも正反対の性質を持っているのか、相殺する様に消えて行くのだけれど。
それでも絶対量が違うのか、蝶ばかりが消えていくように見えてならなかった。
そして、蝶が一頭一頭消える度に、ユメイさんの身体が幻の様に揺らいだ。
それでわたしは理解する。
あの蝶はユメイさんの身体――その形を成す《力》そのものだと言う事を。
どうして身を削ってまで守ってくれようとしているのかは解らないけど――このままではユメイさんが消えてしまう。
「もういいよ、十分だよっ！」
「桂ちゃん、そんなこと言わないで」
「でも！」
わたしが反論しようとしたその時。
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