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４日目、夜１〜封破〜
「っ……！」
「柚明お姉ちゃん！？」
急激に柚明お姉ちゃんの姿が薄れていた。
「オハシラサマの御神木に何か！？」
「確かめて……来るわ。サクヤさん、お札を……」
「あ、ああ」
サクヤさんが一角のお札を剥がすと、柚明お姉ちゃんの姿は空気に溶ける様に姿を消した。
「サクヤさん！ わたしの血を飲んで！ 何だか凄く嫌な予感がするの！」
そう言うと、ちょっと驚いた様なサクヤさんだったけれど。
「おいおい、この恐ーい鬼切りの前で、あんたの血を飲めってか？」
とニヤリと笑った。
「でも合意の上だし、非常事態だし……」
そう言いつつ烏月さんの方をうかがうと。
「サクヤさん、桂さん、先に行きます」
烏月さんはそう言って先に出て行った。
見ない振りをしてくれるという事だろう。
「おねーさん、わたし達も先に行きますよ」
「うん、宜しくね」
そしてわたしは、サクヤさんの頭を抱える様にして引き寄せた。
「いいのかい」
「うん、それより急いで」
「ああ、解ったよ」
そう言ってわたしの首筋に牙を立てたサクヤさんだけど、わたしが小さく呻くとぱっと飛び下がってしまった。
いつもはざっくばらんで乱暴なサクヤさんなんだけど、今は何だか遠慮がち。
「だから、大丈夫だってば」
「あ、ああ」
こうして血を補給する事数分。
「わ、それがサクヤさんの本当の姿？」
「特に区別はないんだけど本気で《力》を使おうと思ったらこっちだね。怖いかい？」
「全然。――もっと凄いの想像してた」
良く見ると爪とか耳とか多少、普通の人とは違っているんだけど。
『山ごもりしていた』とか言われたら信じられる程度だった。
「あたしは観月の民としては半端物だからねぇ。四本足にはなれないし。一体何を期待してたのかは知らないけれど――ま、怖がられなくてよかったよ」
サクヤさんはそう言って笑った。
「さて、あんたも準備はいいかい？」
すっかり戦闘態勢完了と言った様子のサクヤさんがそう言った。
「え？ 連れてってくれるの？」
「あんたは危なっかしいからねぇ。目の届く所に在てくれた方が安心出来るよ。自分の知らないところで何かが起きて、其れに間に合わないってのはもうご免だからね」
今日は満月。
サクヤさんの背に揺られてわたしはオハシラサマの御神木へと向かう。
わたしが走る何倍もの速さで進んでいるのに気ばかり焦る。
はやく、はやく、はやく――
「ケイくん！」
既に封じは破られ、主対ケイくん、烏月さん、尾花ちゃん連合の戦いは始まっていた。
良かった、後ろに在る葛ちゃんも含めて全員無事みたいだ。
サクヤさんの背から降りたわたしはポケットに入ったケータイ越しにノゾミちゃんに囁く。
「ノゾミちゃんは出なくてもいいからね？」
「……そうね、私の《力》じゃ到底主さまには敵わないもの。――二度目の自由をくれた貴方を選ぶと言ったのだから、邪魔はしないわ」
慕っていた主に《要らない》なんて言われて消されかけても、やっぱり複雑なんだろう。
主は次々と蛇の分身を生み出して、足りない手足を補って、自身はほとんど動いていない様だった。
「あれが主――あたしの祖父さんらが小角様と一緒に封じ込めた悪しき鬼神だ」
爪と牙を持って主に向かっていくサクヤさんを見送って。
その時、蛇の目による邪視によって、ケイくんの動きが一瞬止まるのが見えた。
でも其の一瞬が命取りで。
「駄目ーっ！」
わたしは思わずケイくんの前に飛び出した。
ガキィン！
響いたのは、鋼の様な音と衝撃。
烏月さんが維斗を盾に、わたしを庇ってくれたのだ。
「う、烏月さん大丈夫！？」
「一応防いだつもりだったのだけど……まさか、折れず、錆びずと伝えられていた維斗がこうも簡単に折れるとは」
見ると二尺四寸だった其の太刀はその長さを半分にしていた。
「烏月さん……」
「烏月、あんた何で……」
呆然としたようなサクヤさんの言葉に、四角四面の言葉が返る。
「あなたの大切なものを奪った鬼切部としての最低限の償いです。それに桂さんを守ると約束しましたから。無辜の人を守るのが、本来の鬼切部としての役目です」
烏月さんは、本当に全身全霊の《力》に賭けてわたしを守ってくれている。
それに比べてわたしは――
「何も出来なくてごめんなさい……」
しょんぼりとそう言うと、烏月さんは微笑って。
「いや、もう十分に報いて貰っているよ」
「？」
「私を信じると言ってくれただろう？」
「うん」
「私にはそれで十分なんだ」
「烏月さん……」
「ありがとうよ、烏月。あんたが千羽党の鬼切り役の証を――其の太刀と引き替えに助けてくれたふたりは、あたしにとってかけがえのないものなんだ」
と、其の時――空が陰った。
雲？ いや違った。
月が欠け始めた。
月蝕――
「月が……」
「見ての通り――凶兆だ」
烏月さんが呟く。
「観月の民の娘よ、運にも見放された様だな。我々も多少月の影響を受けるが、観月の民程ではない」
主が余裕の言葉を紡いでいる間にも。
真円を描いていた夜の月が端から蝕まれていく。
それは呆然と空を見上げるサクヤさんの心が塗り潰されていく様子にも見えて、わたしは――
「わたし、サクヤさんを苦しめる神様なんか信じないから。柚明お姉ちゃんや白花ちゃんに酷い事した神様なんか要らないから！」
半分になった烏月さんの維斗を構えて、サクヤさんの前に立った。
其処に在る全員に呼びかける。
「だからお願い――わたしに戦う力をちょうだい！」
すると肩に力強い手が乗せられた。
サクヤさんだ。
「ああ……今になって解ったよ。あたしが生まれた夜も、こんな夜だったって事を――そう、満月でも新月でも関係無かった。あたしは朔の日に生まれた鬼子だからね」
サクヤさんは今までとは違う種類の《力》を漲らせて――
「まさか、まさかお主は……」
主が初めて動揺を見せた。
鬼子のさらに鬼子――それが何を意味するのか――
「まぁ、そんな事はどうでもいいね」
「月蝕の夜に生まれた娘……まさか、まさか貴様！ 貴様の《力》は月神に因るものではなく――その荒ぶる弟神、我が祖を討った羅ごうの《力》かっ！？」
そう、その手が全ての幕を引く。
サクヤさんの《力》は主の《力》を引き裂いた。