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３日目、夜６〜分霊〜
屋敷に戻ると、烏月さんが起きていた。
「桂さん、この状況は一体……」
右目を蒼く光らせた烏月さんの質問に、わたしはさっきサクヤさんとケイくんにした説明を繰り返した。
ノゾミちゃんも、もう他の人を襲ったりはしないと、言霊にして誓った。
「……」
「……」
烏月さんが溜め息をついた。
「全く、桂さんには参ったね。だけど、少し解った気がするよ。鬼を徒切るよりも……鬼を人に仇なす鬼でなくす方がずっと難しく……尊いと」
「烏月さん……」
「所で桂さん、そのお守り、既に《力》が織り込まれている様だね」
「ええっ？」
チリン。
鈴の音がして、ノゾミちゃんが言う。
「私の飲んだ血の《力》が一度良月に行っていたように、今はその珠に《力》が行くようになっているのよ」
「じゃあわざわざ《力》を織り込んで貰わなくても――」
「桂が私に血を分けてくれさえすれば解決してよ」
「そうなんだ……」
「……」
烏月さんは複雑そうに溜め息をついたけれど。
「――さて、もう一つやっておく事があるね」
「え？」
「そこにいる奴の――主の分霊の事だよ」
「あ……」
烏月さんがケイくんに問い掛ける。
「兄さんがお前を切れなかったのは、主がお前の中に完全に封じられていたからだろう？」
「ああ……そうだよ」
「だったら、主を表返してもらおうか」
「ええっ？ そんな方法なの！？」
驚いてそう言うと。
「桂さん、私が信じられないかい？」
まさかとわたしは首を横に振って即答した。
「ううん、そんな事ない。信じてるよ」
「じゃあ烏月さん、悪いけど後は任せるよ」
ケイくんの言葉に、烏月さんは頷いた。
「ああ」
ケイくんが目を閉じて――開いた時にはそれはケイくんでは無かった。
赤く目を光らせた――主の分霊だった。
ノゾミちゃんは黙ってそれを見ている。
するとすうっとユメイさんが姿を現した。
多分、主の分霊の気配を察して来てくれたのだろう。
――やっぱり懐かしい感じのする人だった。
「私の仇は奴ではなく、お前だったのだな。――奴から身体を奪っては人を喰らい、私が兄を切る要因を作ったのは――お前だ」
烏月さんが構える。
ユメイさんは月光蝶を飛ばして、主の分霊の動きを牽制した。
そして烏月さんは右の目を煌々と輝かせて――
「千羽妙見流『鬼切り』！」
間合いの外から維斗を振り切った。
けれどその先からは不可視の刃が伸びていて――
其れを受けた主の分霊は一撃で地面に倒れ伏した。
「……」
烏月さんは倒れたケイくんの身体を上から下までじっと蒼い瞳で視て――
「……ふぅ」
息をついて維斗を降ろした。
３日目、夜７〜ユメイ〜
ケイくんを奥の座敷に寝かせてから、わたしはもう一度背比べの傷がある柱の所へ行ってみた。
――やはり赤い痛みばかりで何も思い出せない。
「桂ちゃん？」
「ユメイさん」
わたしはユメイさんに聞いてみた。
「ねぇユメイさん、ユメイさんがハクカなの？」
そう問うと。
「いいえ、わたしは違うわ」
と答えが返った。
じゃあ誰なんだろう。
「桂ちゃん、考え込まないで」
「うん……でも……」
ユメイさんやケイくんを見ると懐かしくて安心出来る。
ユメイさんを見ていると、消えてしまいそうで、不安になる。
「ユメイさん、わたしの血を飲んで？ 昼間の光の中でも消えない様に」
「桂ちゃん……」
「だって、不安なんだもん。ユメイさんが消えてしまいそうで。懐かしいのに、思い出したいのに、思い出せないんだもん！ 思い出そうとすると、赤い、痛いのばっかりで……」
「桂ちゃん……解ったわ」
わたしはユメイさんに血を飲んでもらった。
ユメイさんは最後に、ふうっと何かを吹き込んで来た。
すると、傷痕は見る間に消えていった。
「あれ、ユメイさん、何かしっかりした身体がある？」
幽霊っぽいミステリアスさが抜けて、何だか普通っぽい。
「ええ、桂ちゃんの《血》のお陰よ」
手を握ると、しっかりした感触が返って来る。
「これで安心してもらえたかしら？」
「……うん」
３日目、夜８〜棚上げ〜
わたし、サクヤさん、烏月さん、ユメイさんは居間に集まっていた。
そこに葛ちゃんが入ってきた。
「葛様。こんな所にいらっしゃったのですね」
烏月さんが葛ちゃんにそう呼びかけた。
「そのことに関しては、目下考え中ですので、その呼び方は止めて頂けないでしょーか？」
「それでもあなたに流れているのは若杉の血――私に千羽の血が流れているように、人が生きているかぎり、それは絶えず身体を巡っているものなのです葛様」
わたしは取りなす様に口を挟んだ。
「ね、烏月さん。わたしはそれでも葛ちゃんは葛ちゃんだし、烏月さんは烏月さんだし、わたしはわたしだと思うな。例え……どんな血の宿命を背負っていても。ううん、だからこそ、お互い支え合ったり、自分らしくいるのって大事なんじゃないのかな。少なくともわたしは葛ちゃんがちゃんとした答えを出すまで付き合うつもりだよ？」
「桂さん……。では私も桂さんを見習って、この件は棚上げにしておこうか」
「千羽烏月、さん……少し丸くなりましたか？」
葛ちゃんの言葉に、烏月さんはふっと溜め息をついて。
「だとしたら、桂さんの影響だろうね」
そう言った。
「えっわたし？」
「自覚がないのが、桂さんらしいね」
烏月さんはそう言って、とても綺麗に微笑った。