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３日目、夜３〜結果〜
「絆されましたか？」
ミカゲちゃんの冷たい視線。
ミカゲちゃんはおどおどした態度を引っ込め、言い放つ。
高慢ちきなノゾミちゃんにある可愛げが、ミカゲちゃんには欠片もない。
「もう、姉さまの手は借りません」
突如、ミカゲちゃんの姿が増えた。
赤い瞳が一対、二対、三対、四対、五対――
「くうっ……」
ノゾミちゃんが苦しげに呻いた。
「あれ、ノゾミちゃん何で？」
「分け身を作るのに使ったぶんは、姉さまへ行くはずの《力》ですから――。良月から《力》を受け取れなければ、じきに消滅します」
存在を維持する為に必要な《力》の供給を止められてしまった。
「そんな……」
「姉さまはもういりません。主さまの分霊としての判断です」
「――！？」
ミカゲちゃんが主の分霊？
「このっ……ミカゲェーーーーッ！！」
身体に残っている《力》のどれほどを使ったのか、部屋一杯を深紅の眼光が満たす。
そしてノゾミちゃんはわたしの腕を取って走り出した。
「ちょ……ノゾミちゃん！？」
「いいからはやく良月を――それともあなた、あんなにたくさんのミカゲから血を吸われたい！？」
「〜〜〜っ！？」
わたしとノゾミちゃんは外へと飛び出した。
山道を走って走って――
「……はぁ、もうだめ、息できない、足いたい……」
「あなたね、自分の命の瀬戸際に、どうしてそんなに余裕なの？」
これでも一杯一杯何だけど――
見上げたノゾミちゃんの顔色は、ものすごく悪かった。
そうだ、今のノゾミちゃんはわたしなんかよりずっと――
「ね、ノゾミちゃん。良かったらわたしの血、飲む？」
「敵に塩を送ってどうするの。私が飲んだ血の《力》は、一度良月に行ってしまうから」
「あ……」
「ミカゲが……主さまがご自身の魂を分けた存在だったなんて……ね」
自嘲気味にノゾミちゃんが言う。
「私はもういいわ。私を拾ってくださった、主さまに見放されてしまったんですもの。座敷の外にある世界も十分に見たし、普通の鬼では一滴たりとも口にできない、贄の血だって飲んだし――」
「それならどうしてわたしを連れて逃げたりしたの？」
「私の取り分を持っていこうかと思ってね。――もうすぐ――」
其処に立っていたのは、多分、終バスの運転手さん。
森から出た田舎道に佇んでいる。
そしてその手には――夢に《視》た良月。
「ねぐらから持ってきて貰ったのよ」
今朝のニュースを思い出した。
「ノゾミちゃん、あの人ってもしかして……」
震える声でそう問うと、ノゾミちゃんは首を横に振った。
「私たちに死人を動かす《力》何てないわ。単なる暗示による傀儡よ」
ノゾミちゃんは力強い声で言う。
「桂、あの鏡を割ればミカゲも消えるわ」
「でも、それじゃノゾミちゃんも」
「《力》を止められてしまったから、どのみち私は消えるほかないのよ」
ノゾミちゃんの姿がどこか希薄に感じられる。
そしてノゾミちゃんが鏡を割ろうとした時――主の分霊――ミカゲちゃんが現れた。
「わざわざ贄の血を引く娘を、良月の前まで連れてきてくださってありがとうございます」
そう、実体を持たないあやかしは、わたしのように走らずとも、かりそめの現身を一度解き、再構成すればいいだけなのだろう。
――ユメイさんのように。
「それでは――」
「させない！」
わたしの前に立ちはだかったノゾミちゃんが、わたしへ向かって飛んだ鬼火を受け止める。
「ノゾミちゃん！」
「――このっ！！」
ノゾミちゃんは細く伸びた赤い《力》の糸でミカゲちゃんの動きを封じようとする。
だけれど、ミカゲちゃんの《力》で鈴の音と共に糸は朽ち果てて崩れていく。
「残り少ない《力》なのに、なぜ無為なことに使うのですか」
「何をしようと消えてしまうのに――何に使えば有意義なのかしら」
勝ち気な瞳がわたしを捕らえた。
それは邪視にも劣らない、強い意志の持つ光。
「桂、あなたが鏡を割るのよ。私が押さえていられる間に」
「でも――」
それをしたらノゾミちゃんも消えてしまう。
「桂、はやく！ はやくして！」
「でも――っ！」
「桂！ 私は自由になりたいのよっ！」
その言霊がわたしの躊躇を断ち切った。
弾けるようにわたしは駆け出す。
赤く染まった世界の中を走り、そして――
傀儡から奪い取った良月を力一杯地面に叩き付けて砕いた。
世界の割れる音が響いた。
それと同時に、現世から、赤い光が退いていく。
ミカゲちゃんは、依代である鏡と同様に、ひび割れ、砕け、崩れ落ちていく。
そしてそれはノゾミちゃんも同様で。
「ノゾミちゃんっ！！」
「桂、あなた何を泣いているの？ あなたはよくやったわ。ふふ、誉めてあげる」
「だって……」
「どうして私みたいな鬼のために泣いたりできるの？ 出逢ったばかりで、あなたを傷付けた鬼でしかない私のために――」
大切な人をなくしてしまったのに、自分が消えようとしているのに――ノゾミちゃんは笑っていた。
「もう、十分よ」
「鏡がなくなったんなら、今度こそわたしの血を飲んで元気になったりしないかな」
「そうね――だけど、霊体だけでは長くもたない事を知っていて？」
器から零れた水が、形を保てず広がるように――《器》を持たない魂は、その形を保てず世界に溶けて消えるしかない。
いくら《力》を注ぎ足しても――
「じゃあ……何か新しい《器》があれば――」
「いいのよ、桂。何にだって依り憑けるわけではないのよ。あの良月は幼いころからずっと呪いの文言を吐きつづけてきたものだし、あの鏡自体が、もともと呪物であったものだし。それに代わるような都合のいいものなんて、そうそう落ちていたりするものではないでしょう？」
確かに、霊体さえ切るという烏月さんの刀のような都合の良いものがそうそう落ちているはずはないのだけれど――
「でも――」
わたしは諦めることができずに。
そして――
場にそぐわないメロディが流れて、わたしは思わず携帯に飛びついていた。
「ノゾミちゃん、このお守りに依って！」
わたしはストラップにしていた、代々伝わるこのお守りが《器》に相応しい呪物だと思い至った。
「……そうね、良さそうだわ」
わたしは蒼珠に依った、姿の希薄になったノゾミちゃんに、急いで血を飲んで貰った。