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３日目、昼４〜コドク〜
「お帰りなさいおねーさ……！？」
ケイくんに抱えられた烏月さんを見た葛ちゃんが顔色を変えた。
「どうして……こんな所にっ」
「あっ葛ちゃん待ってっ――どうしたのっ？ ケイくん烏月さんをお願いっ！」
身を翻して逃げ出した葛ちゃんを追いかけた。
――見覚えのある場所だった。
今朝涸れ井戸を見付けた山道。
「待って、葛ちゃんそっちは駄目っ！」
見覚えのあるリボンが目に入った。
後少し、もう少しで葛ちゃんのフードに手が……届いた！
だけど、わたしも急には止まれず、結局一緒くたに涸れ井戸に落ちてしまった。
幸い落ち葉が厚く積もっていたので、怪我とかは無かったんだけど――
「人間、閉じこめられたらおしまいですよ。閉じこめられたらそのまま朽ちていくしかなくなるんですよ。だからわたしは――」
葛ちゃんが暗い口調で呟いた。
だからわたしは――
「じゃ、出よっか」
くいくいと蔦葛を指して明るく言った。
「ねぇ、どうして烏月さんを見て逃げ出したりしたの？」
「あんな家、継ぎたくないからですよ」
「え？」
「おねーさんはコドクを知っていますか？」
孤独とは、少しイントネーションが違っていた。
「えっと……独りになること……じゃないよね。もしかして呪術のコドク？」
「はい、それで正解ですよ」
コドク――蟲毒。
毒のある虫を一つの容器に閉じこめて食い合いをさせ、生き残った、一番強くて生きたがりの一匹の命を使う事で強い呪いをかけることが出来る――有名な呪術。
「それに近いことを若杉では後継者選びの方法としているんですよ」
「じゃあ、若杉って、やっぱりあの有名な若杉？」
烏月さんの上司の。
「はい。鬼切り頭を務める陰陽師の血筋です。ある意味鬼より質が悪いです。そーゆー環境で育ちましたから、ひとりの方が楽なんです。ひとりじゃないと辛いんです。わたし、人間嫌いですから」
「そんな風には……」
とても見えなかったけれど。
「表に出したりしませんよ。そのぐらいできないようなら、食い物にされる一方ですからね」
「でも……だったら何で尾花ちゃんと一緒なの？」
「尾花は人間じゃありませんから」
「じゃあどうしてすぐに出て行ったりしなかったの？」
「おねーさんがすぐに帰ると思ったからですよ。何もないところですから、都会から来た人はすぐに飽きると思ったんです」
「その何もないところに電気や水道を引っ張ったのって葛ちゃんだよ？ わたしがお屋敷にいやすいようにしたのって葛ちゃんだよ？ それってどうして？」
「……」
「ねぇ、わたしのこと怖い？ 同じ部屋にいたら寝られないくらい、わたしのこと怖い？」
「別に……桂おねーさんは怖くないですよ。仮におねーさんがわたしの命を狙っても、どうにでもできそうでしたし」
「うっ……」
「むしろ、鬼切り頭としての若杉を恨んでるサクヤさんが怖くてたまりませんでしたよ。いつ噛み殺されるか、ヒヤヒヤしてました」
「サクヤさんが……？」
「蟲毒で生き残るには周りを潰さなくてはいけませんから。表沙汰にはなりませんけど、其れに巻き込まれてる人って実は結構いるんです。サクヤさんがジャーナリストになったのは、それをペンで叩くためですよ」
思い返せば、二人はお互い名前をしっている風だったけど――それを隠していたのは、きっとわたしを気遣ってのこと。
だとしたら――
「桂おねーさんもわたしに近づくと大変なことになりますよ？」
「でも、葛ちゃんはもう勝ったんでしょ？」
「そうですけど、わたしは既に毒虫ですから。触っただけで手が腐るような猛毒持ちですから」
「……そんなことないよ」
わたしは葛ちゃんの小さな身体を抱きしめた。
「あ……お、おねーさ……」
「やっぱりね、ひとりは駄目だよ葛ちゃん。ひとりだと悪い考えがぐるぐる回っちゃって、全部がそういう風に見えてくるから」
葛ちゃんも烏月さんと同じで、ひとりがいいと言っているにも関わらず、他人であるわたしを気遣っている。
其れは、拒絶と言う名の、わたしへの思い遣り。
だから――
「ねぇ、今でもやっぱりひとりがいいの？」
「わたしは……」
葛ちゃんは答えを出さない。
出さないけれど、ためらっているのはわかる。
だから、きっとそれが葛ちゃんの答え。
「ひとりじゃないと、自分を守るのが難しいって言うんなら、そんなの関係ないくらい強くなれば解決だよね？ ひとりじゃないと、周りを巻き込むっていうんなら、何があっても守れるくらい強くなれば解決だよね？」
ああ、わたしはめちゃくちゃ言っている。
だけど、止められない。
「そんな神様みたいな強さじゃなくてもいい。だけど、葛ちゃんの答えを出そう？ 葛ちゃんが家に戻りたくないなら、難しいかも知れないけど、家を出る方法を考えよう？ 今みたいに逃げたままじゃなくて。例え、家に帰るって決めたって、わたし、もう葛ちゃんをひとりになんてしないから！ だから……ね？」
そう言うと、葛ちゃんは小さく頷いた。
「……解りました。若杉葛としての答えを出すと……お約束します。だから……桂おねーさんにはそれを見届けてもらいます」
「うんっ！」
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