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３日目、朝１〜涸れ井戸〜
朝起きると誰もいなかった。
携帯のニュースを見ると、血を吸われた死体が発見されたとの事だった。
もしかして、ノゾミちゃんとミカゲちゃんだろうか。
わたしは散歩がてら葛ちゃんを探しに出掛けた……のだけれど。
「うーん……もしかして迷った？」
脇道に入ったのがまずかっただろうか。
「わ、しかもこんな所に涸れ井戸。危ないなぁ。――何とかしたいけど」
埋めると言うのは難しくても、他に何か出来ないだろうか。
考えた末、わたしは背丈ほどの枝を井戸の傍に標識の様に突き立てて、その上の方に髪を縛っていたピンクのリボンを縛り付けた。
そして、井戸の深さプラス近くの木までの長さの蔦葛を剥ぎ取って、木に縛り付けた蔦葛を井戸の底まで降ろした。
うん、これで多分落ちても大丈夫。
流石に試してみる勇気は無かったけれど。
３日目、昼１〜再会〜
お昼ご飯の後、もしかして烏月さんが来ているかも知れないとオハシラサマへの山道を歩いていると。
急に剣戟の音が聞こえて来た。
「えっ？」
山道に飛び出して来たのは烏月さんと――ケイくん！？
「桂さん、奴から離れろ！ 奴は鬼だ！」
「え？ あ、あの……」
「くっ、何で桂がこんな所に――」
そう言うとケイくんはこっちに向かって走って来る。
烏月さんはこの人を尋ね人だと言った。
烏月さんは鬼切り役。
そしてこうして戦ってたと言う事は――ケイくんは鬼？
『隠れないと』
『逃げないと』
『鬼に捕まったら食べられてしまうのよ？』
わたしはとっさに逃げ出していた。
――林の中へと。
「――駄目だ、そっちは！ 桂！ 止まれ、そっちは危ない！」
ケイくんの声がした。
「危ないのはどっちだ！ ばか〜っ！」
追いかけなければわたしだって逃げたりしないのに。
わたしはさらに加速した。
ふいに踏み出した足が空を切った。
「え」
地面が無い！
景色が縦に流れ始める恐怖に、思わず振り向きながら手を伸ばした。
「桂！」
「桂さん！」
がしっ！
「ひゃっ……」
強い衝撃と共に、がくんと体が止まった。
「あ……」
見上げると、烏月さんとケイくんが、手を伸ばして、わたしを捕まえてくれていた。
「桂さん、落ち着いて。今引き上げるから」
「う、うん」
二人の腕で、ぐいぐいと引き上げられて、わたしは崖の上に生還した……。
「あ、ありがとう二人とも……死ぬかと思ったよ〜」
思わず二人の腕にしがみつきながら、大きく息をついた。
あはは……膝が笑ってるし。
「……ね、ねぇ、ケイくんが鬼って本当？」
「――本当だよ」
否定して欲しかったのに認められてしまった。
「ここに在るのは成すべき事を成す為に成った鬼で、僕はとうの昔に死んでいることには変わりないんだけど――」
其の微笑みがとても怖いものに思えて。
わたしは思わず烏月さんの影に隠れた。
「じゃあ、わたしの血を狙ったりとか……」
「あはは、其れは無いよ。主の分霊に憑かれているとはいえ、元は君と同じ贄の血の持ち主だからね」
「――何？」
反応したのは烏月さんだった。
「今まで問答無用を押し通していたが、最後に切る前に訊いておこう。なぜ兄さんはお前を切らずに、切ったと嘘をついてまでお前を助けた？ それだけでも役目に背いた大罪だというのに、何年にもわたってお前をかくまい育てた？ 重大な裏切り行為だとわかっていたはずなのに、鬼切りの技をお前に授けた？ お陰で私は先代――兄さんを切る事となった」
――！？
最初の夜が思い出される。
『私は本当に切るんだ。すでに切ったこともある』
『……鬼を？』
『人を』
あれはそう言う事だったのか。
だから烏月さんはあんなに頑なで、そして必死にケイくんを探していたのか。
あの哀しい笑顔はその為でもあったのか。
だけど、わたしは――それでも。
ケイくんが答える。
「それは――それは僕がそう望んだからだ。明良さんが僕に道を示してくれたから。確かに僕の中には鬼が住み着いている。その鬼のせいで、僕は罪を犯した」
烏月さんが頷く。
「そうだ。お前は鬼として罪を犯した。だから鬼切部千羽党の鬼切り役――千羽明良に命が下った」
「そして僕を切りに来た明良さんは、僕の中に別の魂があることを、それが鬼――主の分霊であることを見抜いてくれた。そして明良さんは僕にこう言ったんだ。君が死よりも辛い修行に取り組めば、誰も殺さずにすむかもしれない。ここで楽になるか、鬼を切るための修行に取り組むかを選べ――と」
「それでお前は修行を選んだ訳だ」
「そう――鬼を倒す為にね。それから千羽の私有地の一角で、明良さんと修行に明け暮れる日が始まったんだ。驚いたことに、明良さんは僕のことを知っていたんだってさ。僕の母さんが千羽の人で、僕と君たちとは遠縁に当たるんだって」
「では、お前は――だが――」
烏月さんが何だか迷う様に考え込んでいる。
「僕の年が見かけ通りだとして、年齢の合う範囲で千羽の外に出た人はひとりしかいないと？」
「そうだ。私が知っている限り、該当する人はひとりしかいない。その人は『当代最強の鬼切り役』と呼ばれていた千羽党の誉れであり、狩るべき鬼と意気投合して役目を返上した、千羽党の恥でもある」
二人は継ぐ様にして言葉を続ける。
「明良さんの師匠でもあり、十代前半の若さで鬼切り役の座に座った天才」
「私から見れば鬼切部千羽党先々代鬼切り役」
烏月さんの瞳が丸く開かれた。
「まさか――だとするとお前は――」
「幼少から鍛錬を積みつづけなければならない千羽妙見流を、十年足らずで修めることができたのは、その人の血のおかげだろうね」
「……」
烏月さんは何やら難しい顔で考え込んでいる。
「あのー、ケイくんが何か？」
わたしには何が何だかさっぱりだったのだけど。