別れを告げる言葉
「どうしても、やるんだね 」
儀式の為の地で、彼はため息と共に言葉を乗せる。
「ああ」
「――だったら、僕がやってあげるよ」
彼は吹っ切れた様に顔を上げて、辿り着いたヒューゴ達を仰いだ。
「――！？」
思わず眉を寄せて彼を見る。
その動きよりもはやく、彼は言葉を唱え始めていた。
「我が全ての痛みと哀しみにかけて、ソウルイーター、この大陸全てを飲み込め！ 我が前に開け冥界の門！」
「よせ！ あんたがそれをするな！」
思わず止めに入る。
すると、彼は奇妙に闇い静かな眼差しで、
「何故？ 同じ事だよ、君がしようとしている事はそういう事だ」
「違う！ それでは紋章に力を与えるだけだ！ それでは駄目だ！」
「――同じ事さ」
闇の力が集まる。
「――止めろ！！」
発動しようとした闇の力を風が拮抗し相殺する。
魔力が吹き荒れ、遺跡を揺るがせた。
首を振り、言葉を募る。
「駄目だ。あんたが、紋章に負けてはいけない……見せないでくれ、それだけは」
「何故、そんな顔をする」
彼は静かに、こちらに眼を向ける。
冷たい程の瞳。
「――皮肉だね、僕よりもずっと、君のほうが人間なんだ。だけどこれが、君の選んだ道。
君がやろうとした事は、こういう事だ」
どういう意味だ、まさか……
僕が見たくない君。
君が見たくない僕。
「僕達が互いに、互いの引き鉄を引いたということか……？」
〝彼〟 が僕の切っ掛けだった様に、僕の行動が、彼にとっての切っ掛けだったという事か？
「そう、だから僕はもう、何も要らない」
「止めてくれ！」
あんたの口から、その言葉は聞きたくない！
彼は、こちらを見て、言葉を紡ぐ。
冷めた口調で、どうでも良さそうに、
「そんな辛そうな顔をする君はまだ、人間だって事なんだよ。自分の在ない未来に、何を望むのか知らないけれど。
だったら、僕が全部消してあげるよ」
「デュオン、〝僕〟 が選ぶ事なんだ。そんなあんたを、見たくなんか無い」
あくまで止める風に、彼の前に立つ。
「そう……でも僕はもう、誰も要らない」
彼はあっさり、きっぱりとそう告げた。
「デュオン……！」
目の前に立つ自分にも、色彩さえ見えない。だが。
デュオンの瞳は、既に誰も見てはいない。
その手に闇が集う。
ただしそれは、門を開く為ではなかった。
「君が〝死〟を選んだ瞬間、全ては決まった」
「！」
その手に握られたのは、煌く刃。
これが、結末。
「…………ッ」
何を、言う気だ？
僕よりも病んでいるこの人に。
僕が選んだ結果だというのに。
――ああ、だけど、本当は。
あんな未来など見なければ。
僕が其の使者でなければ。
僕の存在が、君達と同じだったら。
あの頃の、君と一緒に。
「一緒に、いきたかったよ」
二つの声が重なる。
「さようなら、ルック」
黙ったまま、彼を見詰める。
せめてこの人の魂が救われるなら、
自分が望んだ世界で、彼が笑えたらいいのに。
その刃が振り切られるより前に、
ルックは眼を閉じた。
「良かったね、もう……誰も在ない 」
彼は 誰にともなく言うと 手を差し伸べる。
「おいで、風の紋章」
すると、風が〝彼〟を選んだ。
二つの紋章を受け入れる負荷に耐えながら、彼は顔を上げた。
成り行きを見ていたフッチはあまりの展開に呆然としてつぶやく。
「何故……」
彼は振り向く。
「ルックの在ない未来など要らないから。デュオン＝マクドールという人間も、もはや存在しない」
「そんな」
「紋章を如何するつもりだ 」
ヒュ―ゴが問う。
「どうもしないよ」
「大陸を壊さないのか 」
「要らない 」
風が闇を満たす――それだけの事。
「さようなら、ヒュ―ゴ、フッチ。もう二度と会わない」
「そんな……これで……良かったんですか」
フッチの言葉に、静かな応えが返る。
「今までにない位、自分で決めた事だよ」
彼は、彼等の横を通り抜ける。
「でも、貴方は！」
呼び掛けるフッチの言葉に、一度だけ足を止める。
「――〝彼〟は人の為に戦ったよ」
「！ まさかその為にわざと？」
〝彼〟にそれをとめさせる為に……
「あれが、〝彼〟が望まない〝僕〟の姿」
彼はそう言うと、こちらを向き微かに微笑う。
それは、やけに〝彼〟 のままで、
それがやけに寂しく胸を突いた。
そのまま、通り過ぎる〝彼〟 を言葉もなく見送る。
残された場に眼を細め
「どうして、こんな風に――」
つぶやいた、言葉。
地響きが広がる。
遺跡が、崩れようとしていた。 二人の魔法戦の影響で。
フッチは、ヒュ―ゴ達と共に遺跡を後にした。
闇の中、声が響く。
「それが、貴方の真意か。だが、それももう 意味が無い」
宮殿の最奥、闇よりも濃い暗黒の気配が集う。
暗黒の、殺気。
内側から入り込んだ風と闇が、全てを無へ帰す。
「何事ですか！」
ササライが眼にした、赤色の服の少年。
闇の色をした瞳が、闇の中へ消えた。
『さようなら。何も知らずに、君は生きていけばいい』
残された闇の気配から、微かに声が響いた。
「…………」
異界との接点に、彼は降り立つ。
「彼を止められなかった貴方に、僕を責める資格はありません。貴方は――間違ったんです」
時の無い住人の微かなため息が返る。
「僕は既に、貴方が告げる言葉も、門の紋章の意志も必要ない」
その、未来さえ。
その人の言葉など何一つ要らない。
静かな中に、光る様に鋭い眼差しと殺気が込もる。
「彼と同様――僕を止めることも、貴方は出来ない」
闇が、全てを切り裂いた。
彼は、門の片割れを解き放つ。
そして、全ては消え去る。
空は晴れて、木陰さえ明るい。
しかし、その場所は、闇が静かに陰を落としていた。
『――自分では駄目なんだ
だからもう、二度と会わない』
胸をしめる人々に、言葉を告げる。
残されたのは、人としての彼の記憶。
そして、
人として生きる、彼等の姿。
樹上にある彼の姿は、闇の中に消える。
その木陰から、少し離れた街道で、
額に輪を付けた青年がふいに顔を上げ、空を見上げた。
「今、あの人の気配が――」
覚えがある懐かしい気配に、右手を握り、
見上げた空は、どこまでも 青かった。
《いくら別れを告げても その〝存在〟は消せない》
～Ｆｉｎ～