ＣＡＳＥ・１ ソニエールの悼み2
その夜。城の窓から湖を眺めていると、なぜか対岸からソウルイーター発動の気配。
「あいつ……自室にいるんじゃなかったのか？」
さすがに放っておくわけにもいかず、テレポートして駆けつけてみると。戦いの痕跡と、刺客と思われる黒ずくめの人物達の亡きがら、そして湖に上半身うつ伏せで浮いているデュオンの姿があった。
「なっ……なんでこんな所で死にかけてるのさ！」
僕は慌てて、後ろからデュオンの脇の下に腕を回して水面から持ち上げ、渾身の力を込めて湖岸の地面に仰向けに転がす。その衝撃に小さなうめき声がした。どうやら生きているようだ。
「ちょっと、しっかりしなよ！」
少し強めに頬を叩くと、眼を閉じていたデュオンは、喉に詰まった水を吐き出しながら、派手にむせた。
「う……し、死ぬかと思った……」
力の抜けた両手足を重しのように地面に投げ出して、うっすらと眼を開き、デュオンがつぶやく。僕はその左横に腰をおろして聞いた。
「全く、なにやってるんだよ」
「いや……刺客達を倒した所まではよかったんだけど……。ソウルイーターの制御にまだ慣れてないから、力尽きて倒れた先が湖だったわけ」
「馬っ鹿じゃないの！？」
「面目ない……」
「大体なんでこんな所にいるのさ」
そう問い詰めると、デュオンは微かに視線を逸らし、言いにくそうにぽつりと言葉をこぼした。
「……一人に、なりたかったんだ」
「だからって、間抜けすぎ」
「――うん」
だが一人になりたいと言うのなら、止める気もない。立ち上がろうとすると、僕の右手を、デュオンの左手がつかんで引き止める。
「ありがとう。気付いて……きてくれて。助かった」
ほっとしたような声音。その手は水に濡れて冷たかった。
「……別に、偶然だよ」
「それでも、きみでよかった」
「なんで」
「ルックなら、黙っててくれるだろ？」
「……まぁ、ね」
もとよりこんなことを言い触らすつもりはないし、マッシュ達に報告する義理もない。こんなことがバレたら完璧に見張りがつけられること間違いないだろう。
「それで、悪いんだけどさ」
「なに」
「部屋まで送ってくれない？ このヨレヨレ状態じゃ、誰にも見つからずに戻れる自信ないんだよね。ずぶ濡れの泥まみれだしさ」
デュオンは大儀そうに上半身を起こすと、微かに自嘲めいた微笑みを浮かべる。その姿はいつもよりもなぜか幼く見えて。僕は彼の心に負った傷に思いをはせた。
「ねぇ、身近な人間を亡くすって、どういう気分？」
結局そんな経験のない僕にはわからない問いなのだが。ストレートに聞くと、デュオンはくしゃりと前髪に手をやって、ため息をついた。怒ってはいないようだが、少し呆れた口調で言葉を紡ぐ。
「ルックは遠慮がないなぁ。――正直まだ信じられなくてさ。よくわからないよ」
「ふぅん」
夜中、一人になりたくて城を抜け出しても刺客に襲われる。今の彼はそういう立場なのだ。
僕は大仰にため息をついて見せた。
「仕方ないね。着替えを取ったら風呂に行きなよ。飛ばしてやるから」
するとデュオンの笑みがふわりと柔らかくなる。
「やっぱりルックはいい奴だな」
そんなことを言うのはこいつ位だ。
「なに言ってるのさ。あんたがリーダーで星主――天魁星だからだ」
「本当に？」
「他になにがあるって？」
「僕にもよくわからないけど……、個人的な知り合いとして？」
「馬鹿言わないでよ」
「本気だって。ルックには似合わないよ。僕をリーダーや星主としてあがめるなんて」
「あがめてない！」
そう怒鳴ると、デュオンはくつくつと笑った。
「何がおかしいのさ」
「ごめんごめん。――ルックとは、対等でいたいんだ」
デュオンの真剣な声音に何となく居心地が悪くなるが、それでも。
僕には彼をなぐさめるような言葉の持ち合わせは何一つないのだけれど。僕くらいは普通に接してやってもいい。彼がそれを望むのならなおさら。――って、なに考えてるんだ僕は！？ 僕は自分の思考に背を向けた。
「〜〜いいから戻るよ！ あんたの戯れ言には付き合ってられないからね」
「戯れ言じゃないんだけどなぁ」
「は・や・く！ テレポートするから眼を閉じて！」
「わかったよ、仕方ない」
こうして僕はデュオンを連れて、湖の城へと飛んだ。
「さすが、ルックの魔法は精確だな」
デュオンは自室の衣装棚をあさりながらそう口にする。
「褒めてもなにも出ないよ」
「もう十分助けてもらったからいらないよ」
「好きで助けるはめになったわけじゃ……」
「でも心配してきてくれたんだろ？」
「してない！」
「わかった。そういうことにしておくよ」
「全く……わかってないだろ」
そう返すとデュオンは図星っぽく笑った。もう、それが最初に見た無邪気な笑顔とは違っていることに僕は気付いていたけれど、それについてはなにも言わなかった。デュオンのなくしたものの大きさを考えれば仕方のないことなのだから。
「ねぇ、それでもきみは進めるの？」
小さくつぶやいた独り言は、デュオンに届いてしまったらしい。
「うん。親友のテッドを助けるって決めたから。もう逃げなくていい位、強くなりたいんだ」
それは一度だけ会ったことがある、デュオン達と共にいた、茶髪に茶目を持つ、元、ソウルイーターの所持者の名前だった。今どうなってるかは僕は知らないが、デュオンは彼が生きていると信じているらしい。
「それがきみの理由？ だったらあんな間抜けなマネ、もうしないでよね。死ぬ気じゃなくたって、命がいくつあっても足りないよ」
デュオンは息をついて答える。
「ああ、気をつけることにする」
「じゃ、次は風呂だね」
城の風呂は年中無休だが、風呂屋のサンスケが入口で居眠りをしている隙に、僕はデュオンを風呂場にテレポートで押し込んだ。
「なんなら、ルックも入る？」
「僕は外を見張ってるからいい。またおぼれないでよ、今度は助けないから」
すげなく断ると、デュオンは苦笑いだ。
「ホント、素直じゃないなぁ」
「なにか言った？」
またなにか言い出すのかとデュオンを睨むと、彼は軽く首を横に振った。
「なんでもないよ」
そして僕は風呂から上がったデュオンを、もう一度彼の自室に送り届けてから、自分の部屋に戻った。
「ありがとうルック」
そう言って笑ったデュオンの強さを背中に受けながら。