ＣＡＳＥ・１ ソニエールの悼み１
その日僕はパーティメンバーではなく、湖にそびえ立つ石造りの本拠地、エレメント城で居残り組だった。
「たいくつだな。ふわぁ……」
特に予定もなく、持ち場である石版の前であくびをしていたのだが。
「えっ？」
ふいに嫌な風を感じて反射的に後ろを振り返ると、石版に刻まれた仲間――宿星名の中で天英星が明滅を繰り返している。
「まさか……」
星が落ちるのか？
赤い服に緑のバンダナが特徴的な少年リーダー、デュオンの傍にいつもいた、長い金髪に緑眼の青年、グレミオが、死ぬ？
デュオンの右手にある、生と死を司る紋章、通称ソウルイーターが、彼の魂を狙っていることには気付いていた。デュオンの髪と目の色にも似た、黒い気配が彼へと向かい、取り巻いているのが見えていたから。伝えても仕方のないことだし、デュオンには黙っていたけれど。ついに来たのだろうか、その時が。
当然予測出来ていたはずなのに、心臓は頭に反して奇妙に高鳴り、落ち着かない。僕は思わず白いローブの袖先を握り締めて、拳を緑の上衣の胸に押しつけた。
僕が石版に張り付くようにして、初めて見る現象を眺めていると。
医師のリュウカンを救出に、ソニエール監獄へと潜入したデュオン達の帰りが遅いと、軍師マッシュが軍勢を集め始め、城という器はざわめきに満たされていく。
「僕も行っていいかな？」
僕はなるべくいつも通りに見えるように軽い調子で、魔法将として立候補した。自分の感じた予感をこの目で確かめたかったのだ。報告をただ待つだけの気分には、どうしてもなれなくて。
「ルックですか。丁度よかった、お願いします」
マッシュは直ぐ動ける人材を探していたようで、不審がることなく、僕の言葉を受け入れ、ひざ丈の白い上着を羽織り、立ち上がる。そして僕は彼と共に軍の先頭に立ってソニエール監獄へと出立した。
辿り着いた監獄は、異様な程の静けさに包まれており、見張りの姿さえない。
「おかしいですね」
「うん」
デュオン達はにせの命令書で監獄に入った筈なのだから、見張りがいないのは変だ。
しかも入口の扉は鍵がかかっておらず、僕とマッシュは不審に思いながらも扉を開け、軍勢を入口に待機させ、中へと歩を進める。やはり、帝国兵のかげもかたちもない。
監獄の一階、左側に、外側からかんぬきのかかった木製の扉があり、僕達はそれを外して中へと入った。
「！」
大きなレバーのある部屋の中に、緑のマントと大斧が落ちている。僕は思わず足を止め、その光景を見つめた。
「これって……」
自分では断言は出来ないが、デュオンの付き人、グレミオが身に付けていたものとよく似ている。何があったかはわからないが、嫌な予感は当たったということなのか。
そういえば、古株の仲間である、茶色い胸当てをつけた熊男、ビクトールも少し前に似たような理由でグレミオに「残れ」と忠告していた。おおおざっぱな熊にしては鋭い。
マッシュはマントや斧を見ても意味がよくわかっていないようで、僅かに首を傾げた後、奥の扉に手をかけたが、今までとは違う、しっかりした金属製の両扉で、そのままでは開かないようだ。マッシュはやはりデュオンの安否が一番気になるらしく、声を上げた。
「デュオン殿、ご無事ですか？」
すると扉の向こうからビクトールのものらしい太い声がした。
「マッシュ？ そこにいて大丈夫なのか？」
「？ 特に何もありませんが」
「とにかくそこのレバーで扉を開けてくれ！」
マッシュは自らレバーを操作して奥への扉を開けた。すると向こうの廊下には重苦しい空気がよどんでいるようだった。
「…………」
言葉もなく、うなだれて拳を握りしめているデュオンがまず視界に入る。
その後ろで何とも言えない複雑そうな表情をしたビクトールと、驚きを隠しきれずにいる青バンダナとマントを身につけた副リーダーのフリック。そしてグレミオと同様、ずっとデュオンと行動を共にしていたパーティの紅一点、短い髪のクレオがどこか悔しさをにじませて、姉のように気遣わしげな視線をデュオンに向けていた。
そして一緒に行った筈のグレミオの姿はない。つまりは、そういうことなのだろう。
マッシュが帝国兵達がいなかった理由を問うと、ビクトールが珍しく言葉少なに答えた。
「たぶん、さっきの人食い胞子にやられて」
「ふぅん。運がよかったね。下手したら僕等まで食われてたかもよ」
「ああ、無事でなにより。とにかく、ここを出よう。デュオンには休息が必要だ」
ビクトールの言葉で、予測は確信に変わる。星は、落ちたのだ。多分、グレミオはデュオン達を庇って、一人だけ扉のこちら側に残り、奥の扉をレバーで閉めたのだろう。
マッシュはまだよく状況が飲み込めていない様子だったが、一行と共に元来た道を引き返そうとした。
だが、デュオンが部屋で立ち止まり、痛みを含む瞳でマントと斧に近付く。そしてくずおれるように膝をつくと、面を思い切り伏せて、指が白くなる程緑のマントを握り締めて肩をふるわせた。涙はない。それが一層、彼の絶望を強く感じさせる。表情は見えないが、噛み切りそうな程に唇を噛み締めているのがわかった。
「…………」
長くも短くもない悼みの時を終えると、デュオンは顔を上げて眼を開き、ゆらりとした動きで立ち上がった。そして、部屋の外へと歩き出す。
「……行こう」
とまどったままの仲間達にそう呼びかけると、マッシュと共に部屋を出て行く。その瞳はどこか遠かった。
「……」
僕は、かける言葉も持たずに、彼等に続いて部屋を出ると、他の面子もやってきたのだが。
「ちょっと待ってくれ」
ビクトールが一度部屋へと引き返して、直ぐに戻ってきた。
「いいぜ、行こう」
熊にも何か感じる所があったのだろうか？