ＣＡＳＥ・１願い（ナナミ）
ロックアックス城の長い廊下で、わたしとリアンはジョウイに出逢った。
ジョウイは二人が戦うのが〝運命〟だったと言っていたけれど。
わたしは、二人が戦うのが〝運命〟だなんて信じない。
そんな理由、絶対に信じない。
〝二つの国が両立するにはこの地は狭すぎたのだ〟と、やっとジョウイが本当の理由を教えてくれた。
だけど、わたしの言葉は二人には届かない。
強大な一つの国を打ち立てると言うジョウイの強い決意に思わず後じさり――わたしだけが気付いた。
ゴルドー達が弓でリアンとジョウイを狙ってることに。
「！！！！」
わたしは思わず矢面に飛び出していた。
リアンもジョウイもわたしが守ってみせる！
視界の片隅に、リアンがこっちに向かって構えたのが見えた。
「ゲンカクじいちゃん直伝！ 奥義……」
一本、二本……。
金属音を立てて、矢を風月百花棍ではじいていく。
だけど、全ての矢を防ぎ切る事は出来なくて、矢が身体に突き刺さった。
「！ っ……し、失敗、失敗……でも……だいじょうぶ……」
「「よくも……」」
冷たい石の廊下に倒れたわたしの横で、二人の声が重なる。
それは不思議な光景だった。
傾いだ視界に、二人で一緒に戦っている後ろ姿が見える。
それは、昔と変わらない姿。
ねぇ、信じてもいいよね？
また三人で仲良く暮らせるって。
今の優しい瞳に戻ってくれたジョウイなら大丈夫だって。
ミューズ市のジョウストンの丘で私達に弓を向けたジョウイの瞳は、ちょっと冷たくて、厳しくて、別人みたいだったから。
〝わたしの存在〟に未だそれだけの価値があるって言うなら。
『君は、君が思うより、必要な存在なんだ』
マクドールさんの言葉が頭を過ぎる。
『何でマクドールさんにそんなこと解るのよ？』
『……僕が、そうだったから』
さっきリアンはわたしを庇おうとしてくれた。
だけど、今のリアンはそんなことしちゃいけない。
ジョウイだってそうだ。
「だいじょうぶか……ナナミ……」
戦い終わって、わたしの傍にきてそう言ったジョウイの声は昔と同じだ。
「よ……よかった……やっと元のやさしい顔に……もどったね……だいじょうぶ……だいじょうぶだから……二人とも……ケンカ……しちゃダメ……」
わたしの声……二人に届いているかな？
わたしの……大事な〝お願い〟だよ……。
「ナナミ……すまない………リアン……ナナミを頼む……」
そう言ってジョウイは沈痛な面持ちで去って行った。
わたしのために軍を退いてくれたのだとは、この時のわたしには知る由もなかったけれど。
リアンはわたしの〝お願い〟を聞いて、〝お姉ちゃん〟と呼んでくれた。
「あ、ありがとう……あんしんできるよ……ねぇ……リアンとわたしとゲンカクじいちゃんは、血は繋がってなかったけど……ほ、本当に家族だったよね……わたし……ゲンカクじいちゃんの子供でよかった……リアンのお姉ちゃんで……よかった……ジョウイと友達で……よかった……み、みんなといっしょで……よかった……」
ねぇ、わたしの〝存在〟は、二人を止められるかな？
また、マクドールさんの声が頭の中で響いた。
『だったら、君は、どうしたい？』
『……ジョウイと、仲直りしたい。解らないこと、全部聞いて昔みたいに一緒にいたい。三人、一緒に』
『……だったら、君は、君でいればいい』
『え？』
『あの二人を皇王でもリーダーでもなく、純粋にあの二人自身として見ているのは、きっと、君だけだから』
そういう存在が必要なんだと、彼は言った。
マクドールさんの微笑みが脳裏を過ぎる。
ねぇ、マクドールさん、今だけ貴方を信じるから。
賭けてみてもいいかな？
ここまで来た以上、どんな形であれ、決着は付けなくちゃいけない。
少なくとも都市同盟とハイランドとしては。
その位、わたしにだって解っている。
わたしは、リアンとジョウイが戦うのが……そしてリアンが辛そうなのが見ていて辛い。
これ以上、見ていたくない。
これは、わたしの我が儘だ。
そして、これが理由の半分。
リアンのためにここまできた。
ハイランドも都市同盟も関係なかった。
徒、三人の小さな幸せを守りたかっただけ。
だけど、今は二人の足かせになりたくはない。
これが、もう一つの理由。
そして。
全てが終わった後、二人の帰ってくる場所になりたい。
これがわたしの〝本当の願い〟。
信じてもいいよね？
二人揃ってわたしの所に帰って来てくれるって。
ちゃんと全部終わらせて帰って来てくれるって。
だからわたしは……。
今、ここに在ちゃいけない。
リアンには後もう少しだけ〝役目〟があるんだから。
だから少しだけ……貸してあげても……いいよね？
わたしは霞む意識の中で、ある決心をしていた。
少しだけ〝在なくなる〟決心を……。