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「逢坂さん、何で人間界（こっち）で寝てるんですか」
寮で突っ伏していた逢坂さんに突っ込みを入れると、片手だけ軽く振って応えた。
「あ～固い事言うなっての。やっと抜けて来たんだ。御園生、お前だって、四六時中〝理事長代理〟とか呼ぶ連中と、二十四時間ひっつきべったりじゃあ嫌にならねーか？」
「それは……まぁ」
「だろ？ おまけにあの若林が、イヤミじゃなくふつーに笑ってんのと顔付き合わせてっと、どーも違和感があってな……」
「僕も時々顔を合わせてるんですから、贅沢言わないで下さい」
「へいへい……っと、そうだ、お前に土産」
「え？」
逢坂さんが差し出したのは、フロッピーディスクだった。
「何ですかこれ」
「まぁ見てみろって。害はねーから」
パソコンで読み込んでみると……
「！ これは……」
黒い翼の暴走を制御する方法に関するレポートだった。
これだけでは未だ、実用は無理だが……
「レイヤードなんかはもう少しまとめてからって思ってたみたいだけどな。はやい方がいいかと思って、俺がついでに持って来た」
「ありがとう、ございます……」
「気にすんなって」
そう言うと、逢坂さんは再び突っ伏した。
「逢坂さん……」
「だってなぁ。御園生、お前、良さ気な人材五、六人紹介してくれよ。あんの石頭共クビにしてやる」
「人間界（こっち）の人材をウィンフィールド（向こう）に紹介出来る訳無いでしょう」
どうやら煮詰まっているらしい。
「解ってっけどさぁ。あー、お前等が手伝ってくれりゃーはえーのによ。お前等が向こうでの〝勇者〟だったんだしさ」
「羨ましいんですか」
「違げーよ。手が足りねーだけだ」
その時、扉がバタンと開いた。
「櫂ー、ただいまー。あれ、先輩、何時来てたんですか？」
翔だった。
「ついさっきな」
「あ、本当だ。お久しぶりです」
顔を出したのは青木君だった。稽古帰りだろうか。
「おお、青木も元気そうだな」
「はい、もうすっかり」
「二人共、部活帰り？」
「ああ、ちょっと風呂行って来る」
そう言って、二人は出て行った。
――ほんの少し、羨ましく思う。
青木君の事は、本当に良かったと思う。
だけど、少しだけ。
「――」
その時、ぽん、と軽い音を立てて、逢坂さんの手が、僕の頭に触れた。
「……平気です。子供じゃありませんよ」
一応、気を遣われているのだろうとは思うけれど。
「なぁ、お前もたまには向こうに遊びに来いよ。仕事手伝えなんて言わねーからさ」
「何です、急に」
「なぁ――お前は、迷ったりはしないか？ 自分の中の色々な〝自分〟ってヤツにさ」
「何の話ですか」
「昔の自分、御園生コンツェルンの理事長代理としての自分、そして今の自分……とかさ」
「貴方は迷ってるんですか？」
そう切り返すと案外しっかりとした声音で返って来た。
「迷ってた。昔の王太子としての自分、人間界に在た自分、そして、今の俺。
最初はさ、もう戻れねーって思ってたから、向こうを切り捨てようと思ってた。けど、本当は此処に在る筈じゃねーのにって思ってた。
けどさ、向こうに戻って見ると……此処に在た俺も確かに俺で、どっちかの場所を切り捨てるなんて出来ねーって思った。こっちには、お前等も在るしな」
「……」
確かに……僕も迷っていた。
子供の頃の自分と――独りで生きて来た自分とは――落差があり過ぎたから。
でも、少なくとも今は――
「そうですね……少し迷っていたかもしれません」
そう言うと、逢坂さんは『そっか』と呟いて、話と声のトーンを変えた。
「向こうもさ、少しずつ変わって来てる。問題は山積みだけどな。――仲間であるお前達には、たまにはその課程を見てもらいたいんだ」
「そう言う事なら、次の休みにでも、予定を調整します」
「相変わらず事務的だなー。もーちょい気楽に来いよ」
「性格ですから。――けど逢坂さん、少なくとも僕は今、自分の意志で此処に在ますから」
そう宣言すると。
「そっか」
逢坂さんは納得したようにそう返した。
自分の意志で行きたい処へ。仲間全員がそうであるといい。
僕は窓から晴れ渡った空を見上げてそう願った。
fin.
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