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レイヤードの暴走〜来栖編〜
その言葉は少し前に見た日記の内容を思い出させた。
通常の攻撃が通用しないレイヤードに、翔と櫂は太陽神の力を召喚した。
もう少しで決着が付く……そう思った時、杏里のフルートの音が響いた。
唯一人のために奏でる事で体力を回復するセレナーデ。
千倉がレイヤードに回復魔法を掛けていた。
「なぜ、レイヤードに回復を？」
紫苑の言葉に千倉は泣きそうな表情で言い募った。
「ゴメン、翔くん……みんな……でもでもでも……レイヤードさんを殺しちゃっても何も解決しないでしょう！？ それこそ今までとおんなじになっちゃうよ！ またみんな憎みあうだけになっちゃうよ。憎しみからは何も生まれないよ！」
「杏里……」
オレたちが攻撃の手を止めると、レイヤードの『暴走』は収まっていた。
太陽神の力は、攻撃するのではなく、負の『情念』を浄化するものだったのだろうか？
一体暴走って、何なんだ？
『暴走』が収まったレイヤードは静かに語り始めた。
自分が白い翼の王家の血筋のみに伝わるワープ能力が使える事。レイヤードは黒い羽根が生えた瞬間に両親から見放され幽閉されてしまった事。何年も幽閉されていたレイヤードを連れ出したのはランで、彼は王家の血を引くレイヤードを総帥に据えた事。
レイヤードの本当の目的は、世界征服なんかじゃなく、黒い翼の『暴走』を止める事だったのだ。
「そうだったのか……」
「それにしても、世界征服というのは極端じゃないですか？ 白い翼を倒して王国を乗っ取れば、あなたたちの復讐は遂げられたはずでしょう？ なのに、何故、人間界にまで手を伸ばすんですか？」
櫂の疑問にレイヤードは呟いた。
「世界征服がしたかったわけじゃない……」
「目的は別にあると？」
瀬那の言葉にレイヤードは説明を続けた。
「私達は生涯に二度暴走をする。それは知っているね？」
「ああ。黒い翼が生えたときと、死の直前と聞いているが」
紫苑の応えにレイヤードは少し視線を落として。
「ちょっと違うな。死の直前に暴走するのではなくて、暴走に身体が耐えられなくて、結果的に死んでしまうのだ」
「そんな、かわいそう……なんでなんでなんで？」
「たぶん……われわれ黒い翼の持って生まれた宿命なのだろう。１度目の暴走で、約半分の黒い翼が死ぬ」
「半分も？」
「暴走した黒い翼は殺してもいいという法律がある」
「そんな……」
翔が呆然と呟く。
「めったに殺せるものではないがな。暴走した黒い翼にはかなりな力があるからだが、殺されなくとも、あまりじょうぶでないものは暴走に耐えられず、死んでしまう。暴走がおさまった後生き残れるものは約半数だ。そして、生き残った者は、２度目の暴走に怯えながら残りの半生を過ごすのだ。その気持ちが、おまえたちにわかるか！？ 暴走が始まると、理性が消えてしまう。自分で自分が制御できない！！ 物を破壊し、人を殺し……身体も心も痛んでいるのに、自分では止められないんだ！！」
「レイヤード……」
レイヤードの『痛み』はこっち側にも伝わって来ていた。
「むしろ、１度目の暴走で死んでしまった方が幸せなのかもしれない。その後、怯えながら生きることを考えれば。２度目の暴走は２０年から３０年後に起こる。前兆は何もない。ある日突然……だ」
「知らなかった……俺は……」
紫苑が呟いた。
「知らないのも無理はない。ごく一部の王族をのぞいて、誰も知らされていなかったことだ。触れてはいけない禁忌として、隠し通されてきたことだ……私は、黒い翼を救ってやりたかった。暴走を止める方法を見つけたかったのだ。王位についてから……ずっと研究を続けてきた、しかし、科学のないウィンフィールドでは限界がある。だから、人間界に行った。科学の力を使えばなんとかなるかもしれないと思ったのだ。だが、人間界で研究するためには、金と権力が必要だった」
「そのために、御園生コンツェルンを？」
「ああ、そうだ」
「僕や凪も実験台だったのか？」
「凪は……そうだ。普通の人間に黒い翼が移植できるかどうかの実験をしていた」
「凪以外は実験に身体が耐えられず死んでしまって、あの時の成功例は凪だけだった」
「では……僕はなんのために？」
「御園生コンツェルンの総帥が、跡継ぎを欲しがっていたから協力しただけだ」
「まあ、お前の代になれば御園生コンツェルンを手中にしやすくなる、とは思ってはいたが……お前の身体には手を入れてはいない。一般的な英才教育をしただけだ」
「一般的？ あれのどこが……」
櫂が怒りを秘めて呟くのと、翔が横から疑問を出すのはほぼ同時だった。
「ちょっと待てよ。じゃあ、直人も実験台だったのか？」
「ああ。移植の仕方は凪とは若干違っていたが、一応成功した。凪ほど優秀ではなかったが、そこそこは使えた」
バシッ
翔がレイヤードを殴った。
「人の命をオモチャにしてんじゃねぇ！！」
「……」
「あの……税金を増やしたのも、研究のため？」
千倉の控えめな質問に、レイヤードは頷いた。
「ああ……だが、そこまでしても制御方法は見つからない」
「だから、世界征服して、研究を広げようって？」
「それもあるが……最初はバカにしていた神話にすがりたいという気持ちもあった……結局は、無駄だったが……」
「んなら、あんた、暴走の制御方法さえ分かれば、世界征服はチャラにしてもいいってことだよな？」
「それは……」
翔の言葉にレイヤードは少し戸惑った声音で呟く。
翔はたたみ込む様に言葉を繋いだ。
「そーゆーことにしとけよ。それができりゃ、オールオッケじゃん。黒い翼はもう暴走の恐怖から解放されるし、暴走さえしなけりゃ、黒い翼と仲良く暮らすこともできるだろ？」
「そうなったら、僕うれしい！ みんな幸せになれるよね！」
千倉の言葉に櫂は冷静に瀬那に問いかけた。
「そんなにうまくいきますか？ 水落先生」
「黒い翼への偏見は根強いですから、そう簡単にはいかないでしょうが……」
「たしかに、簡単じゃねーだろうけどよ、それが一番いいんじゃねーの。大変だからって、逃げちまうわけにはいかねーんだしさ」
「クリストファーさま……」
「ええ、仰せの通りです。クリストファーさま」
「レイヤード、あんたの本当の望みもそれだろ？ 本当は、世界征服なんか望んじゃいねーんだろ？」
「私の望みは、黒い翼が幸せに暮らせること。……暴走の恐怖から逃れて平和に暮らせるのなら……」
「だから、そのためにオレたちも力を貸すって言ってんだよ」
「……もし、それができるのなら……」
「オレたちが争う理由はないだろ？」
「……」
レイヤードがそれに応えを返すよりも速く、遮る言葉が入った。
「そんな甘ったるいことでは、困るんですよ。レイヤード総帥」
「ラン！」
「甘過ぎだ、あなたは。これだから、王族出身のおぼっちゃまは役に立たない」
「ラン、何を言う！ 黒い翼の幸せのために私はおまえたちの総帥になったのだ。白い翼の理解が得られたのなら、無理に戦わずとも……」
「まったく……ここまでの甘ちゃんとは思わなかった。何世紀にも渡る、黒い翼迫害の歴史を忘れたのですか？」
「忘れてはいない！ しかし、それはわれわれが『暴走』をしてしまうからで、それさえなくすことができれば……」
「ふう……根っからのおぼっちゃまの考えをかえることはできなさそうだ。ならば、あなたにはもう総帥でいて貰うわけにはいきませんね」
「ラン……何を」
ドスッ
「うっ！」
ランの突然の攻撃に、レイヤードが倒れた。
「ラン！何をする！」
それを見た翔がランに飛びかかった。
「おっと……これは好都合……」
「え！？」
すっと翔を避けたランの手には翔が持っていた封印の鍵があった。
「翔くん、封印の鍵が！！」
「コノヤロ！ 返せ！」
「油断したな。封印のカギはもらった。あなた達に見せてあげますよ。世界の破滅を……情念の炎でこの世が炎獄と化す様をね」
「世界の破滅！？ おまえ、なに考えてんだ！？」
レイヤードよりよほど酷い目標だった。
「のうのうと平和に暮らしてきたお前たちにはわからんだろうよ。力だけの修羅の世界、弱いものは死滅し、強いものだけが正しい。それこそが理想の世界。戦国時代の始まりだ！ ハハハハ」
「そんなことさせるか！！ ラン！ 待ちやがれ！」
「私は、『情念』の封印を解く。おまえたちに止めるすべはない」
そう言ってランはレイヤードを抱えて部屋を出て行った。
「ちっくしょう……」
「してやられたな」
「黒幕はランだったというわけですか」
「だけどあの人、世界の破滅……なんて……なんでそんなコトするの？」
「んなもん、分かるかよ！ 分かりたくもねー！」
「だけど……このままじゃ、『情念』が……」
「封印解かれたら、大変なことになる！」
「なんとかして、やめさせるっきゃないだろ？」
「勇者は、『情念』を地下に封印したと言っていましたが……場所に心当たりがありますか、紫苑中将？」
「地下……『情念』を封印した場所……もしかしたら……」
「思い当たる場所があるのか？ おっさん？」
「港町近くに、足を踏み入れては行けないとされている洞窟があります。入り口は地上にありますが、地下に続いています」
「おそらく、そこに間違いないでしょう」
「じゃ！ 急ごうぜ！ 奴が情念を解放する前に！」
「地下空洞だね！」