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１Ｐ

　ねぇ、男と女の友情って、あるのかな？
　ボクは男の方が気を遣わなくて済みそうなんだけど。
　そもそもボクは将軍家の立場のせいで友達なんていないんだけど。
　やっぱりボクがおかしいのかな――？


　ボクの名はディーノ。マクドール家の第一子。
　大きくなったらアレンやグレンシールのように帝国に仕えるのだとそう思っていた。
　アレンやグレンはボクにとって兄さんみたいなもの。
　特に常に冷静なグレンには、時々相談に乗ってもらったりもしていた。

　ボクはいつものように飾り気のない赤い服に緑のバンダナ姿で帝都グレッグミンスターの街を歩いていた。おしゃれとは縁遠いこの格好については、昔は周りから色々言われたりもしたが、ボクは将軍家の子だし、動きにくいのは嫌いだと言って、これで通してきたのだ。
　ちなみに髪も同じ理由でショートカットにしており、付き人から嘆かれている。


「どうかされましたかディーノ様」
　考え込んでいたのが顔に出ていたのか、ウチの近所で偶然出会ったグレンがボクに声をかけてきた。

「グレン……ディーでいいって言ってるのに」
　振り向きながらそう言うと、グレンは少し困ったように微笑んで。
「いえ、流石にそういう訳には……」
　いつもの押し問答に突入しそうだったので、ボクは話を変えた。
「まぁいいや。アレンやグレンも父上に拾われたクチだっけ？　グレミオと同じで」

　ちなみにグレミオとはウチの使用人で、ボクの付き人でもある金髪緑眼の青年だ。

「ええそうです」
「アレンとグレンは友達？」
「そうですね……相棒であり、ライバルでもあり……まぁ、いい腐れ縁ですね」
「？　つまりどういうこと？」
　そう訊くと、グレンは簡潔に答えた。

「友人ですよ」
「ふーん……」
「ディー様は友人が欲しいのですか？」

　グレンの言葉にボクはシッと人差し指を立てて。
「……秘密だよ？　この前父上が拾って来た子がいるじゃん？　話してみたいんだけど、逃げられちゃってさ。話にもならない」
「それは……マクドール家のお嬢さんに遠慮されているのでは？」
「お嬢さんって呼ぶな。ますます壁が高くなる」
　ボクが少し怒ったようにそう言うと、グレンは少しかしこまった口調で言い直した。
「失礼。ディー様に遠慮なさっているのでは？」
「じゃあボクはどうすればいいワケ？」
　ボクが困った口調でそう問うと。

「マクドール家の人間としてではなく、��ディー�＠l自身を見て貰えるように頑張ってみればいかがかと」
「ボク自身として……？」
　出来るかな？　そんなこと。
　考えていると、グレンはうなずいて。
「ええ。ただし、ディー様は未だ戦場の経験がありません。一方相手は戦場を生き残った子供です。その辺りはデリケートなので気を付けた方がよろしいかと」
「戦場の話はしちゃダメってこと？」
「そうですね、最初は避けた方が無難でしょう」
「解った。やっぱりグレンは頼りになる」
「はは、手のかかる相棒がいますからね」
　グレンはそう言ってどこか嬉しそうに笑っていて。ボクはそれを見ながら、やっぱり友達が欲しいな、なんて思っていたのだった。

「見ー付けた！」
　逃げないように、テッドの服の首の辺りを引っつかむ。
「うぉ……又お前かよ」
「ボクで悪かったね。今日は釣り？」
　テッドは水面に釣り糸をたらしていた。
「見りゃ解んだろ」
「ボクもやりたい！」
　ボクは飛び上がるようにして手をあげ、そう立候補した。

「お前も？」
　テッドは怪訝そうにそう問い返した。

「ボク釣りってやったことないし……」
「あー、お前箱入りだもんな」
「そう言う言い方しないでよ。お陰で狙われるし趣味の一つも出来ないし……。結構大変だよ？」
「幸せなりの不幸って奴だな」
　解ったようなテッドのセリフに、ボクは少しため息をついて続けた。
「ついでだから言うけど、友達も出来ない。皆マクドール家か父上しか見てないから。遠巻きにされるし、話しかけても緊張するらしくて、誰もテッドみたいには話してくれない」

「……で、それを俺に聞かせてどうしようってんだ」
「そう、だよねぇ。徒、聞いて貰いたかった、かな。テッドには友達いる？　どんな感じ？」
　そう訊いてみると、テッドは固い表情と声音で答えた。

「友達は、要らない」
「え、そうなの？」
「ああ、要らない」
　ボクはその答えに頭を抱えて。
「う〜又玉砕か〜。何かボク、友達になりたいって思う相手程嫌われるみたいなんだよね〜。どうしてだろ」
「ストーカーでもしたんじゃないのか」
「してないよ！」

　言い返した後、思い切ってその言葉を口にしてみる。
「テッド、マクドール家抜きでボクと友達になってくれない？」

「無理」

「即答！？」

「拾ってくれたテオ様には感謝してるよ、でもそれとこれとは別問題だ」
「まぁ、別問題なのは解るけどさ……」
　思わず顔をしかめてつぶやく。

「お前こそ何で俺なんだよ」
　テッドがぼやくような口調で訊いてきた。ボクはその目を真っ直ぐに見据えて答える。

「ボクが友達になりたいって思えた人だから。――あ、笑ったね！？　でもめったにいないんだよそういう人！」
「じゃあ一生友達出来ねーかもな」
　テッドの軽口にボクは大声で言い返す。
「気にしてること言わないでよ！　ボクは、テッドと友達になりたいんだ！」
「お前……直球だなぁ。気ィつけないと早死にするぞ」
　テッドは呆れた様子でそう言ったけれど。

「テッドにはそうじゃないと伝わらないと思って。テッドは男と女の友情なんて信じない？」
「……さぁな。そもそも俺は友達なんか要らない」
「……そうだったね。けどボクは欲しいな。男でも女でもいい。ホントウに信じられる人」

　ボクが地面に視線を落としてそうつぶやくと、テッドは少し意外そうに訊いてきた。
「そんなに周りを信じられない訳？」
「そうじゃないよ」

　ボクは頭を横に振った。マクドール家の皆……父上やその部下で、ウチに住み込みのクレオやパーン、そしてグレミオのことは信じている。勿論、アレンやグレンのことも。だけど、それは今ボクが欲しいものとは、違うから。

「でも周りは大人ばっかりだから。秘密を共有出来るようなトモダチが欲しいお年頃な訳」
「……トモダチ、か……」
　テッドはどこか複雑そうにつぶやく。

「うん、せっかく修行サボっても一人じゃつまらないし」

「お前、今さらっと何つった！？」

　テッドの突っ込みにボクはわざと顔をそらせて。
「テッドには関係ない。一応普段は真面目にやってるし」
「……」
　テッドは呆れたようなため息をついた。
「テッド。釣れないならちょっと付き合ってよ」

　ボクは釣れている様子がないテッドの服を引っ張りながらそう話しかける。

「あ？」
「こっちこっち」
「もう夕方だぜ？　あんまり遅くに外出ると怒られるんじゃないか？」
「いいから少しだけ！」
　ボクは強引にテッドを連れて、グレッグミンスター近くの丘までやって来た。

「ボクはさ。ここから見るグレッグミンスターが一番キレイだと思うんだ。夕日に照らされてまさに��黄金の都�≠ﾁて感じでさ」
「……」
　そう、例えトモダチじゃなかったとしても。今見ている景色は同じ筈だから。
「いつかボクにも護れるかなぁ」
「……さぁ、な」
　どこか遠くを見るようなテッドの言葉に、ボクは話を打ち切った。

「はい、ボクの用事は終わり！　帰ろうテッド」
「え！　ああ、うん」
「何その反応」
　ボクそんなに驚かれるようなこと言ったかな？
「いや、別に……」
　少し気まずそうに言うテッドにボクは宣言した。

「いいよ、別にトモダチになれなくても。諦めないから」
「お前、そーゆー所が嫌われてるんじゃ……」
「何か言った？」
　横目でそう訊くと。
「別に、何も」
　テッドはそう言って歩きだした。

「（友情の片思いも案外重いんだなぁ。グレン、ボクこれで良かったのかな？）」
　こうしてボク達はグレッグミンスターへと帰った。

「お帰りなさい。ディー様にテッド君。今日はシチューですよ」
　グレミオのその言葉に、テッドは身を乗りだした。
「お、やったぁ！　グレミオさんのシチューは天下一品だからなー」
「（こういう所は普通だと思うんだけど）」

　ボクはスプーン片手に横目でテッドの様子を見ながら、何でテッドはトモダチが要らないなんて言うんだろうって、そんなことを考えていた。
　そして結局テッドはその日、ウチの屋敷に泊まっていった。

　その後ボクはテッドの家に押しかけては料理を教えてもらったり、買い物にくっついて行ったりした。勿論グレンの忠告通り、戦場の話や、それに関わるだろうテッドが父上に拾われた経緯については訊かなかった。テッドは最初は渋々といった感じだったけど、やがて諦めた様子で、ボクの好きにさせてくれる回数が増していった。
　そしてボクとテッドは少しずつ少ーしずつ打ち解けていった。

　テッドがようやくボクと普通に話したり、遊んだりしてくれるようになっていたある日。
　ボクに棒術を教えてくれていたカイ師匠が��ちょっと出かけてくる�≠ﾆ言ったきり、ふらりといなくなってしまった。

「全く師匠ってばどこ行っちゃったんだろ。行き先くらい言ってくれればいいのに」
　ボクがぼやくように言うと、テッドは時々見せる、どこか悟ったような口調で返してきた。
「行き先があるとは限らねーだろ？」
　その言葉にボクはため息をつく。

「まぁそうだけどね。師匠だって家族みたいなものなんだから、それならそれで言って欲しかったんだよ。――テッドは黙っていなくなったりしないでよ？」
　そう釘ボクがを刺すと。

「あー、うん考えておくよ」
　いかにも心がこもってなさそうだった。
「何その投げやりな返事」
　ボクが平たい目で突っ込みを入れると。

「だって何があるかなんて解らないだろ？　俺は出来ない約束はしたくないんだ」
「テッド……。――解ったよ。じゃあ出来るだけでいいから」
「……解った、そうするよ」
　ボクが譲歩すると、テッドはさっきとは違ってどこか決意を秘めた眼差しでそう答えてくれた。
「うん！　約束だよ」

　ボクはまた少しだけテッドに近づけたような気がして、元気よくうなずいた。

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