ＣＡＳＥ．１ 家族と呼ぶ存在。（おまけ・ソニア）
「じゃあ皆はここで待ってて」
三年ぶりに帰ってきたグレッグミンスターにて。
全てが終わった後、ソニア・シューレンの家の裏手辺りでデュオンはそう言った。
そしてルックに目配せをすると、家の玄関へと向かって行く。
ルックはため息をついたが、渋々といった感じでロッドを構えた。
「どういうことですか」
半ば強制的に連れて来られた元敵方のハイランドの皇王で、リアンの幼なじみでもあるジョウイはパーティメンバー達に尋ねた。
「見てればわかるよ」
風魔法使いのルックは、面倒そうにそう言っただけだった。
「よく解らないけど、デュオンさんのことだから、何か考えがあるんじゃないかな」
と、同盟軍側の軍主を務めたリアンは言った。
「僕もそう思います」
と元竜騎士見習いのフッチも同意する。
「風よ……」
ルックの言葉と同時に、向こうの会話が聞こえるようになった。
「ちょ……これって覗き見に盗み聞き……」
ジョウイの突っ込みにリアンは真剣な眼差しで向こうを見ながら。
「しっ、静かにしないと聞こえないよ」
とささやいた。
「貴様……よくも私の前に姿を見せられたものだな」
ソニアの不機嫌そうな声が聞こえた。
「……あなたに話しがあって来ました。入っても宜しいでしょうか？」
「……ああ、勝手にしろ」
扉が閉まると、一旦、声が途切れたが。
やがてソニアの許可を取ったのか、一行がいる側の窓がデュオンによって少しだけ開かれたのが見えた。
長い金髪の女性とデュオンの二人が、向かい合ったテーブルの席に着く。
そして再び声が流れる。
「やはり……赦せませんか僕のことは」
そう言って出された茶を一口飲んだ。
「毒が入ってるとは思わんのか」
その問いにデュオンは肩をすくめて。
「残念ながら、毒を盛られるのは初めてではありませんから」
「……」
ソニアは睨むように押し黙る。
デュオンは言葉を続けた。
「当然でしょう、僕は自分が誰も恨まないためにこの手で父を殺した。恨むより恨まれる方を選んだのですから、あなたは僕を恨む権利がある」
「お前……私が今でもお前を殺したいと言ったらどうする」
「どうもしません」
デュオンはあっさりと言った。
「何？」
「あの頃の僕は、リーダーとして死ぬわけには行かなかった。でも、今は違う。あなたが仇を討ちたいと言うのならば、受けましょう。ただし……この右手の紋章――ソウルイーターを引き受ける覚悟があなたにあるのならば」
ソニアはその言葉に怯むことはなく。
「立て」
ソニアは立ち上がると、剣を抜き、デュオンを窓際へと押しつけた。
「！」
見ていた一行は思わず息を呑んだ。
ソニアの瞳が憎しみと哀しみで揺れる。
「お前がいるから、私は辛くなる。せめて、思い出すものなどなければよかったものを」
デュオンはそれを聞いて、その刃に顎が触れそうなほど、うつむいた。
「済みません、僕はあなたの前に現れるべきではありませんでしたね。――それでも僕は、あなたの真意を知りたかった。
互いの友のために道を別った僕達のことを、あなたが今、どう思っているのか」
「……」
デュオンは言葉を続ける。
「赦さなくていいのです。僕自身、ずっと自分を赦せなかったのだから。そのために、あなたを仲間に加えたのだから」
「デュオンお前……」
ソニアの声に僅かに驚きが混じる。
「仲間達の手前、言うわけには行きませんでしたけどね。僕は、僕を赦さない存在が欲しかった。――内緒ですよ？」
デュオンは剣を突きつけられながらも、そう言って笑った。
「ふん、今のお前など、切る価値もない」
ソニアはそう言うと、剣をおさめた。
「本当は、ずっとあなたに謝りたかった。同時に、あなたに憎まれ、殺されたかった。――矛盾しているでしょう？」
「……そうだな。――これを持っていけ」
ソニアはデュオンに一冊の本を投げ渡した。
「これは……」
「私の日記だ。これを読んで、お前のしたことがどれだけ罪深いか、改めて思い知るがいい」
「ソニア……さん」
ソニアの目が迷惑そうに細くなる。
「気安く名を呼ぶな。私とお前とは既に赤の他人だ」
「……済みませんでした」
デュオンは日記を受け取ると、深々と頭を下げた。
「あなたの大切な人を奪ってしまったこと」
「……お前にとっては大切ではなかったのか？」
デュオンは首を横に振る。
「いいえ……あえて自分の命をかけるほどには大切でした」
するとソニアは背を向けた。
「もう行くがいい。お前の死を望んだことも確かにあったが……。私は仇討ちなどという馬鹿らしいマネはせん。
そんなことをしても何も戻っては来ないのだからな」
「……そうですね」
「そしていつか、お前がその日記帳を全て読み終える頃には……私はお前を赦せる私になっていたいと思う」
デュオンの顔色が変わった。
「！ ソニアさん……」
「どちらを選んでもお前の願い通りになってしまうのはしゃくだがな」
「……済みません」
もう何度目かになる言葉を、デュオンは繰り返す。
「あのことさえなければ……」
小さくつぶやいたソニアの言葉に、デュオンは視線を落とす。
「今の私はお前を赦すことは出来ない」
「……はい」
「だが……お前のことは嫌いではなかった」
「……僕もです」
ソニアが振り向き、二人は痛みの残る視線を交わして、お互いに苦笑した。
「では、失礼します」
「ああ」
二人は複雑な表情のままで、別れを告げた。
次の約束も何もしないままで。
「――どうだった？」
合流したデュオンがジョウイに問う。
「どうって……」
とまどうジョウイにデュオンは言う。
「あの人は父の婚約者でね。父を殺した僕を赦せないんだ」
「……あれを僕に見せてどうしろと？」
「誰かに恨まれても生きていける……そう言いたかっただけなんだよ」
そう言って微笑むデュオンにジョウイは目を見開いた。
「マクドールさん……」
それでわざわざあんなマネを？
「全く君は回りくどいんだよ」
「ご免ご免」
面倒そうに言うルックに軽く謝った後。
「――結構生きて行けるものだと思うよ？ 僕等は決して憎しみだけで戦って来たわけではないんだから」
「……」
「あれだけ痛い場面見ておいて、未だ納得出来ない？」
からかうようなデュオンの言葉にジョウイは言い返す。
「見たくて見たわけじゃありませんよ。でも……」
「でも？」
「赦されなくても……生きていけるものでしょうか……」
「少なくとも僕は生きてるけどね」
ジョウイの問いに、デュオンは軽めの口調でそう言った。
「なぜ……ですか？」
「僕は、僕の罪より、側にいてくれる人達の方が大切だから」
デュオンそはう答えた。
「……」
「大丈夫だよ、ジョウイは僕が赦してるから」
沈黙するジョウイをリアンが励ます。
「取り戻せないものは確かにあるけど……それでも進んで行けると……僕も思います」
フッチもそう言葉を重ねる。
「そう……かも知れないな」
ジョウイがそう言うと、デュオンは微笑って。
「じゃあ、気を取り直して、食事にでも行こうか。外食もたまにはいいものだよ」
「そうですね、行きましょうか」
そして一行はマリーの宿の食堂に向かった。