（P１）
予感～重なる、面影～
今にして思えば、初めて出逢ったデュオンとテッドの姿に、自分もその中に混ざってみたいと、ほんの少しでも思わなかったか？
そして、戦いの中、変わっていくデュオンの表情。
其れを見て、微かに同情めいた感情を感じた自分が何処かに在たのではないだろうか？
デュオンは、グレミオを失くしてからは、最初の頃の用に無邪気には笑わなくなった。
テオ・マクドールを倒してからは、右手の紋章を抱えて、考え込んでいる事が多くなった。
テッドを失ってからは、キツい瞳をする事が多くなり、時々、覇気が無い程、遠くを見ていた。
徒、竜を失くしたフッチを見る時には、悼む様な眼をしていた。
フッチも最初はテッドの事を知らずにデュオンに〝あんたに何が解るって言うんだ！〟等と言っていたが、人づてに事情を知ってからは態度を改めた様だった。
そしてデュオンは最終的には、世界の終わりみたいな眼をして、帝国を後にした。
解放戦争も終盤の頃、僕は、自分も戦ってもいいと思っていた。
其れは多分、デュオンに多少は同情していた所為で、同時にデュオンを苦しめる物に対して何処か憤っていたのかも知れない。
其れは、仲間とか友人とか言う言葉には当てはまらないとしても。
僕自身、違う可能性を望んでいたのかも知れなかった。
そして、彼が帝国を出て行こうとしていたあの時、僕は、彼が人と在る事を望んだのかも知れない。
其れは決して、彼が国に留まるという意味では無く、言葉にもならない物だったけれど。
彼は全てを捨てるには向いてない様な気がした。
其の推測は多分正しくて――彼は再びかつての様な覇気のある笑顔を垣間見せて、目の前に立つ事になる。
そして、言う。
今度は僕の運命を変えてみせる、と……。
何時からだろう、見せてもいいと、思い始めていたのは――
「――デュオン、……見せてあげるよ」
（僕の真実、其の一端）
めったに呼ばぬ名を口にした声は、酷く真剣な重さを含み、デュオンに手を差し出した。
デュオンは、唇を引き結ぶ様にして頷き、ルックの手を取った。
風と共に転移した先は、過去の洞窟や風の洞窟にも似た、洞穴の奥。
微かに異界の気配を感じる。
「まさか……」
デュオンはそう言いつつ、確信に近い予感がする。
姿を見せたのはやはり――星辰剣だ。
「いいザマだね、夜の紋章。――取引しないか？」
ルックは、持ち主に再び置き去りにされたのであろう喋る剣に、遠慮もなく持ち掛けた。
「小僧……何の用だ」
怒気のこもった声は、かなり機嫌が悪い。
「どうせ又、置き去りにされたんだろ。持ち主の所まで連れて行ってあげてもいいよ。ただし、僕等をあんたの呪いで過去の時空に放り出してくれるのが条件だよ」
「……」
デュオンはルックが何をするつもりか理解して視線を向ける。
「ふん、何処の時空に放り出されるか知らんぞ」
「そんなヘマしやしないよ。其れに、僕等が戻らないと、あんたはどっかのバカが再び此処に来るまではこのままだよ」
「生意気な小僧だ。望み通り我が呪いをくれてやる」
「そうか、感謝するよ、星辰剣」
星辰剣は、闇を抱くデュオンを見遣り。
「主に言われる筋合いでは無いわ。――行くぞ」
二人は、夜の闇と共に時空を超えた。
ルックは、記憶の中の見知った塔の前に降り立つ。
――空虚で、白い一人だけの場所。
絶望と世界の拒絶。
認識から溢れる痛み。
其れでも、原点だ。
其れは、直ぐに起こった。
紋章の暴走。塔の一片が吹き飛んだ。
「！！」
状況を知っているルックと、巻き上がる風の気配に少なからず状況を察したデュオンは、混乱に乗じて中へ入った。
其処に在たのは――見まごう事なき過去のルックだった。
だが、ルックはそれよりも、先に立つデュオンを見遣った。
逆光に広がるマントの背。
其の姿に一瞬、過去の映像が重なる。
ルックは、耐える様に眉を寄せた。
――憶えている。あの時、自分に手を差し伸べた存在の映像（こと）。
其れは、強く眩しい光の様で。
そして、あの時の約束は果たされずにいたのだと、そう、思っていた。
世の中は、そんな物だと。
だが其れは――違っていたのだ。
殺伐とした状況で、レックナートが姿を現した。
彼の師は言う。
「私が預かりましょう。宜しいですね？ ――其方の方も」
デュオンは少し厳しい表情で。
「……お願いします。僕達は今、一緒には行けない身ですから」
そして幼いルックに近付く。
「今度、僕達が出逢ったら、一緒に〝外〟へ行こう」
其の瞳がルックを捕らえ、柔らかく微笑んだ。
「世界は広くて――ワクワクするんんだ」
其の瞳には、強気で前向きな光が灯り、幼いルックは吸い込まれる様に其の輝きを見詰める。
――ああ、この表情。
あの時、戦場で見たのと同じ、あの時見た光。
あれは、この場面だ。
「だから、それまで――どうか、元気で」
デュオンは、微かな微笑みと共に幼い彼に頬を寄せ、軽く抱擁する。
――自分の中の彼の人のイメージと、自分が知ってるこいつとは全然違う。
なのに、心の何処かで重なる。
――憶えている。
あれは、あの人は。
「……」
身を起こしたデュオンに、幼いルックが手を伸ばし、その頬に触れる。
デュオンはその手に自分の手を重ねて微笑む。
「また、逢えるよ。――絶対」
そして、幼いルックはレックナートと共に姿を消した。
デュオンは其れをじっと見送って。
「――」
微かに悲しい眼をした。
だが、こちらを向いた時には既に何時もの表情に戻っていて。
（馬鹿じゃないの……）
ルックは言葉に出さずに呟く。
「――」
デュオンは黙ったまま、自分から戻ろうとは言わない。
（僕にとって此処は既に如何でもいいのに）
――此の場所には己など無いに等しい。
――ねぇ、僕は僕のまま生きてはいけなかったの――
言葉さえ、ならない。
〝世界〟はそんな物だと思っていた。否、今でも。
(馬鹿じゃないの)
それでも、まるで衝撃の様に。
違う世界を垣間見せるデュオンを。
こいつの存在を憶えていたと言ったら、こいつは何と言うのだろう。
（――死んでも、言わないよ。こいつとは対等でなければ、いけない）
でなければ、きっと――
今度は僕が、彼を傷付ける。
重荷には、なりたくない。
そんな事、別に如何でも良い筈だったのに。
今なら――そう思ってしまう自分が在るのだ。
己が傷付く、認めたくない、可能性。
デュオンが彼の人と同じ人物だなんて、最悪だと、思う。
垣間見た〝光〟と温もり、其れは確かに自分に届いていて。
それでいて自分が知っている此の厄介な存在であるデュオンとは全く違う。
全然イメージの異なる両者。
其れでも、此の場所にデュオンを伴って来たのは。
――確かめる、負けたくない、進みたい。
（誰に、何に、何処に）
――己、に？
そう、何処かで重なる。
不思議と――違うイメージの笑顔が、一つに。
ルックは辺りに眼をやり、かつての神官や兵達が集まって来るのを一瞥すると、興も失せた様に身を翻し、手早く転移魔法の詠唱に入った。
デュオンが後を追う様に後ろに続く。
そして、塔を脱出した二人は再び時空の接点へと飛び込んだ。
「ねぇ、あの人の所で良かった？」
ポツリ、とデュオンが呟いた。
元の時空は晴れて、草を揺らし風が渡る。
どうやら洞窟の外らしい。
「いまさら、何を言ってるのさ」
「……そうだけど。でも、他の選択肢があった方が良かったか？」
――解らない。考えた事も無い。だが……
「……さぁ。けど、少なくとも今、僕は此処に在るよ」
「うん」
そう言って頷きつつも、デュオンの表情は芳しくない。
だから、言ってやる。
「あんたに、似合わないよ。――優しいだけの振りなんてさ。言えば良かったんだよ。〝何とかしたいけど、出来無くて辛い〟ってさ」
デュオンはかなり意外そうに眼を見開いた。
「ルック……」
思いっきり図星、だな、其の顔は。
「そんなんで、本気で勝負する気、ある？」
「――ごめん、ありがと。……負けないよ」
そう言って顔を上げるデュオンに、横目で告げる。
「じゃ、責任取って、あの剣の始末は君がつけなよ」
「なっ！ 君が交渉したんだろ！！」
「何の事さ」
「いーから付き合えっ！」
「やっぱあんたはこうでなくちゃね」
呟いた言葉をデュオンが聞き咎めた。
「……ん？」
「馬鹿でいいって言ったんだ」
「何の事さ。兎に角来て貰うからな。――ついでに一緒にバトルしよう。どうせ又そう言うパターンなんだろ？」
「珍しくやる気だね」
未だ、戦いを挑まれてもいないのに。
そう言うと、デュオンは少し苦笑した。
「まあな」
「別にいいけど。其の代わり、やるなら本気でやりなよ」
「解ってる。――全力だ」
「解ってるなら、いいよ」
こうして二人は再び洞窟の中へと入って行った。