解放の痛み
彼の眼は闇（くら）く、震えている。
それでもデュオンは言葉を紡いだ。
「如何すれば、〝彼〟を解き放つ事が出来るんだ？」
「気付いていないの？ 簡単な事だよ」
彼は永い沈黙の後で。
「……殺す……のか」
「そう、其の紋章以外で」
「それしか、無いのか……？」
「……」
沈黙は肯定の証。
彼は重い足取りで引き返して行く。
風の中、切れ切れに聞こえる声。
「済まない……だが、これ以上お前に、此の役はさせられない……だから、済まない……」
「……」
「お前は……違う……もう……いいんだ……」
「……」
「――済まない」
何度目かの其の言葉と共に、彼の胸に刃が突き立てられた。
偽りの命、其れでも、其の感触は――
デュオンは刃を逆手に持ち替えた。
――自分を殺す為に。
次の瞬間、強い風が彼をなぶる。
「――其れをしたら、紋章を制御出来なくなる。そいつは再び取り込まれる。――其れでもいいのか」
「――」
動けない。
理屈は解る、だが身体は――
「――力を貸そう。今なら彼を切り離せる」
ルックの両手がそっと、デュオンの手を掴む。
其れに伴い、デュオンはゆっくり力を緩め、左手で刃を降ろした。
二人の力が重なる。
彼から離れた魂は、確かに空へと消えた。
デュオンは喰い入る様に、其れを見詰め続けていた……。
デュオンは改めてルックに向き合う。
「済まない、ルック。だが、僕は……」
それ以上、言葉にならない。
「あんたは、間違っていない」
其の言葉に、デュオンはかぶりを振る。
「いや違う。僕は、君が言わなければ……逃げてた。向き合う事、怖くて」
俯くデュオンに、ルックは声を掛ける。
「……逃げない為に、来たんだろう？」
「……ルック……どうして、誰もこんな事望んでなかった。なのに、けど僕は……」
ザッと刃を地面に突き立てた。
「彼を殺す、自分を殺してしまいたかった……」
知っていた。だから来た。
「未だ、死にたい？」
「……かも知れない。だが先刻は……止めてくれて良かった」
「……」
「ルック、僕は……」
震えて、俯くままのデュオン。
ルックは、息をつきながら、その隣に腰を降ろした。
「――気が済むまで、今は付き合うから」
其の言葉に、デュオンは微かに顔を上げ、もたれる様にルックの肩をつかみ、頭を寄せる。
「済まない……」
痛い程の指先に、ルックは黙っていた。
其れをさせたのは自分なのだ。
逃げる事だけが、正しいとは限らなくても、その背を向き合わせたのは自分なのだから。
二人は、長い時間、身動きもしないで、影のままでいた。
付き人の二度目の死を悼む様に――。