（P９）
ＣＡＳＥ・１〜旅立ち〜
全てが終わったその夜。
ふいに部屋に風が吹いた。
「――行くの？」
「…………あぁ 」
間が出来たのは、迷った証拠、
振り向かずに、答える。
「……いいの？」
いつもの小生意気な表情は、背中越しのデュオンには見えていない。
「……いいんだ。――これ以上、この地にはいられない」
深い声にルックは微かに呆れた口調で、
「……ひょっとしてフリックとビクトールのこと、気にしてる？」
デュオンは至って真面目に即答した。
「当然だよ。……それに……」
ためらうように、荷造りの手を止める。
「確かめたいことがあるんだ。だから……行く」
そう言うと、再び手を動かす。
「へぇ、何を 確かめるつもり？」
「…………」
デュオンは答えない。
いや、答えられないのか……。
宿星、紋章、テッド。
様々なことが多過ぎて。
「――あんな連中、心配するだけ馬鹿だと思うけどね。……一人で行くの？」
投げやりな口調で問う。
「……ああ。ルックこそ、何しに来たんだ？ ――止めに来たとか？」
初めてルックを振り返ると、疑問を口にする。
――別に本気で止めに来たと思った訳でもなかったのだが。
案の定、ルックの答えは簡潔だ。
「まさか。責任放棄の軍主の顔を見に来たんだ。それだけだよ」
「ふーん、シュミ悪いな、……で？」
視線で返事をうながす。
「別に。たいして面白くないね」
「あぁ そぅ。―――― あのさ、決戦の時、覚えてる？」
ふいにデュオンの言葉に真剣味が混ざった。
「何を？」
「……あの時、ソウルイーターの中に……グレミオがいた。
オデッサや、父さんや、テッド達と一緒に、グレミオの力も、そのままソウルイーターの中にあった……。
――どういうことなんだろう。グレミオは……元のままじゃないのか……どこまで、元のままなんだ？
あの人は……何をしたんだ……！？」
デュオンの声が震えていた。めったに出さない姿だ。普段、猫かぶっているから。
思いつつ、ルックは言葉を告げた。
「……取り込まれた人間と、紋章との間にも、つながりが残ってる……そういうことかも知れない」
「……確かなのか？」
訝る言葉にルックはあっさり首を振る。
「全然。ソウルイーターに喰われた後、生き返った人間なんて、あいつ位だよ」
「そうだよな……ごめん 」
デュオンを斜に見据えて、
「一人で行く気なら、気を付けなよね。あいつの性格、死んでも直ってないみたいだし」
「ああ、……解ってる」
デュオンはつぶやくと、ルックに向き直った。
「君は、あの島へ戻るの？」
ルックは軽く首を振る。
「僕が戻るのは、あの人の所へだよ。……この国の星見も、他人に譲るつもりらしいし」
「へぇ……もしかして、あの塔にも似た、でも全く違う場所にでも行くとか」
ルックは微かに眉を上げ、デュオンを見た。
「……ルックには、向かう場所があるんだろ？ ……何となく、そう思った」
知ってる筈もない。それでも、解っているのではないかと思わせるような言葉。
「……それは、まだだよ。いずれ……来るだろうけど」
「そう……」
やっぱりルックには、そういう場所があるのか。
デュオンは多少複雑そうに。
「君も、行くんだね 」
そう言ったデュオンの瞳は、闇よりも深く、それでいてどこか光を感じる。
常にデュオンは疑問を投げかける、そんな、存在だけれど。
「……僕の役目は終わったしね」
「ふぅん……？ 本当に、それだけの理由でここに？」
「何、ヒマつぶしだとでも言って欲しい訳？」
「まぁね」
「……相変わらず変な上に解らない奴だね」
「そう？」
解っているような、気もするけれど。
ここに辿り着く位には。
「……運が良ければ、又会えるかな」
「運が悪ければ、じゃない？」
こんな面倒は、一度で十分だ。
だがデュオンは意に介さない様子で。
「何でもいいさ。……元気でな、ルック」
「……あんたもね」
ルックはデュオンの後ろ姿を見送ると、ふと窓の方に視線を移した。
少しすると荷物を持ったデュオンが窓の外を通る。
その少し後ろに、隠れてつけているらしい、緑のマント姿。
「全くあれで忍んでるつもりなのかな 」
呆れ口調でつぶやきながら。
――――あいつは、どうするつもりなんだろう。
ふと、そんなことを思う。
「ま、関係ないか……」
ルックは紋章に意識を落とす。
戦いは、終わったのだ。
再び出会うことがなければ、もう関係はなかった。
Ｔｏ ｂｅ ｃｏｎｔｉｎｕｅｄ……？