ＣＡＳＥ・１ ―feasibility―実現可能性
「俺、これで良かったのか？」
夜にはぜる火を見詰めて、テッドは問う。
「何であんたが僕に聞くのさ」
ルックは横目で面倒そうに言う。
「お前の方が、俺が在ない間のあいつ、知ってるだろ」
一拍、間を置いて、
「―― あいつ、最近魘（うな）されてるんだ」
「……そんなの、仕方ないだろ」
「お前、冷たいな」
「他に如何しろと？ 下手な誤魔化しや慰めは邪魔なだけだ。僕はあんたと違ってそんな物欲しくない。それがあいつの真実なら、それでいい」
「お前、それで平気なのか？」
「見え見えの無理で平気な振りしてるよりはマシだね。ああいうの、見ててイライラする。大体、其れが受け入れられないなら、アンタは何で此処に在るのさ」
「俺は、徒、あいつに笑ってて欲しかった。幸せで、在て欲しかった……」
「無理だよ。アンタはあいつを置いて死んだ。アンタだけじゃ無い、付き人も、身内も、皆。其れで幸せになんて無理なんだ。
――あいつは、本当に張り詰めてる時、痛みも悲しみも見せない。今の状況の何が不満なのさ」
「お前……何か悟ってるよな 」
「そうでもなきゃ、やってられないよ。それに、僕は、偽物なんか要らない」
「そうか……」
（耳が痛いな）
「ん……二人とも、寝ないの？」
デュオンが二人に声を掛けた。
「あ、悪いデュオン。起こしちまったか」
「ううん、目が覚めただけ」
「そうか」
「――ねぇデュオン。僕と親友殿だったらどっちが大切？」
ルックが珍しくそんな事を問う。
「ええ？ 難しい事訊くなよ、嫌な奴だなぁ」
「じゃあ、僕と親友殿の違いって何だと思う？」
「うーん……親友と、信用出来るライバル？」
「それって如何違うんだ？」
テッドの言葉にルックは険呑な光を見せて。
「簡単だよ。――デュオン。僕が君に死んで欲しいと言ったら如何する」
「――断る」
「じゃあ、親友殿が死んでくれって言ったら？」
「……難しい事を訊くんだな……」
「……そこが違うんだよ」
「そしたら今度はお前が止めてくれるか？」
「え」
デュオンの言葉に、一瞬ルックの動きが止まった。
「確かに、テッドになら殺されてもいいと、思ってしまいそうな自分が在るんだ。けど俺は……本当は、一緒に生きる道を諦めたくないんだ」
「……何で僕が」
「君なら出来る。他の奴じゃ返り討ちでも」
「勝手だな、関係無いじゃないか」
「そうだな。……その代わり、君の時は僕が手を貸す。何時だって、手を貸す気はあるんだ」
「君って本当に……馬鹿だね。
――で、親友殿、これでも不満？ 誰が如何言おうがデュオンが友人……親友だと認めるのは君だけだって言うのに」
「ルック……お前、少し変わったな」
「あんたとは違うんだよ」
「何だと！？」
「まぁまぁテッド。この事に関しては俺が悪い。以前ルックに〝友人とは違う〟って言って怒らせたのは僕だし」
「……何でだ？」
「ん？」
「俺にも友人とは違うけれど犠牲にしてしまった人達が大勢在る。お前の〝友情〟の定義って何だ？」
「何って……〝テッド〟」
「は？」
「最初は単純に君が基準だったんだよ。言葉にすると、うーん……〝生き方を変えても良いと思う程の存在〟……かな」
「デュオン」
「はぁ、全くやってられないよ。――僕はもう寝る」
ルックはさじを投げた様に横を向く。
「うん、ありがとうルック」
「別に……君のそういう馬鹿な所、嫌いじゃないよ」
「うん」
「ふぅん、変われば変わるもんだなぁ」
「……ルックは本当はいい奴なんだよ」
「ふぅん……デュオン、俺さ、一度紋章を手放した事があるんだ」
「！？ そうなの？」
「ああ、でもさ、あいつに出逢って……紋章を持ってても真っ直ぐに生きていられたらって思ったんだ。勿論それは難しかったけど……俺にとっては恩人だな」
「恩人……」
「それってもしかして僕の事かな？」
ふいにがさりと音がして人が出て来た。
「！？」
「ルイ……！？」
赤いバンダナに双剣を身につけた少年だった。
「知り合い？」
「あ、ああ。こいつが例の〝恩人〟だ。っつーかお前何処から聞いてた！？」
「割と最初から。テッド、親友が出来たんだね、おめでとう。雰囲気も随分明るくなったんじゃない？」
「放っとけ。気配消して盗み聞きとは趣味が悪い」
「そういう所は相変わらずだね」
「お前こそどうしてこんな所に？」
「紋章が……騒いでるみたいだったから、様子見」
「……」
「だけど、何とか大丈夫だったみたいだね」
「こいつのお陰でな」
テッドがデュオンを指さす。
「皆のお陰だよ。……僕は又、失くす所だった……」
ルイはデュオンに視線を向けて、
「ええと……僕はルイ。君は……？」
「デュオン。デュオン＝マクドールです」
「ああ、あの赤月帝国の……」
「そちらこそ、まさか群島諸国の……？」
「よく知っているね」
「歴史書に載ってましたから」
「――煩くて寝られやしないよ、〝罰の紋章〟の継承者」
横からルックの声がした。
「ああ、ごめん。ルック……だっけ」
「ああ」
「僕も一晩の野宿に加えて貰っていいかな」
「……勝手にすれば」
「僕も昔は嫌な夢を良く見ていたな。――テッド程じゃなかったと思うけど」
「お前は一言余計なんだよ」
「ま、皆無事そうで良かったよ」
「ルイ、アルドの事……」
言い辛そうに呟くテッドの頭をルイはぽんぽんと叩いた。
「テッドの所為じゃない。――いい事だってちゃんとあったろう？」
「ルイ……」
「またマグロ食べに行こうな。あとおまんじゅうも」
「……ああ、そうだな……」
「何かずるいなぁ、昔のテッドを知ってるって。其の時は僕も連れて行ってよ？」
「妬けるか？ デュオン」
「ちょっとだけ。でも親友の座は譲らないよ」
「そうだね、それでいいと思うよ」
「ルイさん」
こうして少年（？）達の夜は更けて行った……。
※うちのデュオンのルックとテッドの立ち位置はこんな感じです。