それは、いつものように、ハイランドのジョウイの所へ来ていた時のことだった。
（あれは……）
遠くに見える人影。二人共、見覚えがある顔だった。
一人は黒ずくめの姿をしたユーバー、もう一人は、ルックによく似た顔立ちをしていた。衣装から見て、ハイランドへ援軍として来た、ハルモニアの神官将だろう。
やがて二人は別れ、一人が石造りの廊下を、こちらに向かって歩いて来る。
「こちらの方は？」
ルック似の彼は僕を見て、僕の隣に立つジョウイにそう尋ねた。
「私の客人です。ササライ殿」
ジョウイはそう答えた。
ササライ……。
彼がそうか、と僕は頭の中でその名を反芻する。
「あなたの名前を伺っても？」
ササライの言葉に、僕は軽く頭を下げた。〝その顔〟に見覚えがあることなど微塵も見せずに。
「初めまして、デュオンと申します。ササライ神官将殿」
「デュオン殿……ですか。どこかで聞いたような……」
ササライは少し考えるような表情を見せたが、幸いと言うか、それ以上は思い出せない様子だった。
「立ち話も何ですから、宜しければご一緒にお茶でもいかがですか」
ジョウイの提案に僕達はうなずいた。
「わざわざハルモニアから……ですか。それは遠方から大変でしたでしょう」
僕達は取りあえず、無難な会話から入った。
「いえ、仕事ですから」
「こちらでは何か面白いことでもありましたか？」
僕がそう問うと。
「面白い……と言うか、不思議なことならありましたね」
と、ササライから答えが返った。
「不思議なこと……ですか」
「えぇ、昔一度だけ逢ったことがあるのですよ。自分によく似た少年に。その時もよく解らないことを言っていたのですが……私は何も知らないと……。今回援軍として出陣した時にまた相見えましてね。――結局、彼が何者なのか、私とどういう関係があるのかは解らずじまいでしたが……」
思った以上に彼の口は軽かった。
どこまで知っているのか、ほんの少しばかり水を向けただけだと言うのに。
「……それは不思議な話ですね……」
うなずきながら、考える。
この顔、歳格好、そしてハルモニアと十年程前の騒ぎ……間違いなさそうだ。彼はルックの兄弟……それも恐らくは双子だろう。
なぜ二回も逢っていて気付かない？ 僕よりずっとど真ん中にいると言うのに。
いや、だからこそ気付けないのか？
「あなたが忘れているだけ、と言う可能性はないのですか？」
そう問うてみると、ササライは考える素振りを見せて。
「忘れて……？ ……いえ、やはり覚えがありませんね……」
「そうですか、不思議なお話をありがとうございました」
僕は不審がられないように礼を言って、それ以上の追求はしなかった。
「今度はあなたの話を聞かせて貰えませんか？」
そう、ササライは話しを僕に振った。
「私……ですか。余り面白い話しは出来ないかも知れませんが……。私とジョウイ殿が初めて出逢ったのは夢の中だった……と言ったら、あなたは信じますか？」
「夢の中……？」
「はい」
「デュオン殿、余りササライ殿をからかわないで下さい」
ジョウイが割って入った。
「おや、ウソなのですか？」
「どうでしょう」
「ふふ、あなたは面白い方ですね」
「そうですか？ ありがとうございます」
僕はササライに、そう言って微笑んだ。
「全くデュオン殿は人が悪い……」
ジョウイは呆れていたようだが、暫く歓談を続けて、お茶会は終了した。
「全く、余計な〝真の紋章〟の情報が、ハルモニアに漏れたらどうするんですか？ マクドールさん」
ササライが去った後、ジョウイが発した第一声がそれだった。
「ご免ご免、もうしないから」
僕は軽く手をあげて、ジョウイに謝った。
「それはもう、〝彼〟と話す必要はない……と言うことですか？」
「え？」
「何か〝彼〟から訊きたいことがあったのではないですか？」
その言葉に、僕は含みを持たせた笑みを返す。
「中々鋭いね。でも君達の勝敗とは関係のないことだよ」
「なら、話しては貰えませんか」
「……彼が何も知らないことを確かめられただけだよ」
僕は簡潔にそう言った。
「何も知らない……？」
「君に余計なことまで背負わせたくないから、これ以上は言わないよ」
「そうですか……解りました」
ジョウイは引き下がり、それ以上は訊いて来なかった。
「君は僕の事情にかまけてる場合じゃないだろ？ っと……やっぱり〝獣の紋章〟との相性は良くないな。いや、良すぎるのか……魂の気配に紋章が反応して仕方ない。手伝えなくて悪いね、ジョウイ」
元々この戦いの勝敗には、なるべく関与しないつもりでいるのだけれど。獣の紋章を押さえるために無理をしているらしいジョウイに、僕は謝った。
紋章が騒ぐのは、多くの民の血が流されたと言うこと。
だが、それを責める筋合いじゃない。
僕はただ、右手を押さえて苦笑して見せた。
「いえ……その割りにはしょっちゅう来ますよね、ここに」
静かに首を横に振りながら、呆れたように、ジョウイがそう言う。
「少し位無理はするさ。――君達の出す答えが見たいからね」
「どうしてですか？」
僕は少し考えた末、正直に自分の心情を伝えた。
「…………僕の時とは違う結末が見たいから、かな」
僕は多くをなくし過ぎた、と言う言葉は飲み込んだまま、ただ哀しみと自嘲の混じった眼差しをジョウイに向けた。それでもジョウイには何か感じる所があったのだろう。
「マクドールさん、でも、僕は……」
言葉を詰まらせたジョウイに僕は笑ってみせた。
「僕のことなら気にしないでいい。君は、君の道を選べばいい」
「……」
「そう暗い顔をするなよ。君が辛いのはよく解る」
僕は、黙りこくったジョウイの頭を軽く引き寄せて撫でた。後ろで束ねた彼の長い金髪が揺れる。
「っマクドールさん、子供じゃないんですから……」
ジョウイはそう言いつつも、振り払う気配はない。
「どうか、後悔の少しでも少ない道行きを」
そうささやくと、僕はジョウイの頭から手を離した。
「じゃあ、また」
「ええ」
軽くあいさつを交わし、僕は、ハイランドを後にした。