(P１)
―feasibility―説得
――深い闇、何時か見た一面広がる闇。
デュオンはその闇の中で腰をおろしたまま、ゆっくりと眼を開いた。
――デュオン――
闇に響く声、そして覚えのある気配。
「テッド……なのか？」
確かめるようにそう言うと、デュオンは手を伸ばしてテッドの手を取る。
「ずっと、君を追ってた。やっと、また逢えたな……」
微笑みながら、そう言う。
しかし、ようやく出逢ったテッドの表情は何処か沈みがちで。
らしくもないが、これも多分彼の本当なのだと今は思う。
彼はデュオンを見詰めてその口を開く。
「デュオン……俺を恨んでいるか？」
「……そんな事言ってると怒るよ？」
少し斜にテッドを見上げた後、デュオンは立ち上がってテッドの頬に触れた。
「君の気持ち、少しは解ったよ。けど……頼みがある」
真剣な表情を帯びたデュオンに、テッドの表情も動く。
「何だよ？ 改まって」
「もう一度……望んでくれないか？生きたいって……！」
「え……？」
あまりに意外な言葉に、返事も無いテッドに向けてデュオンは言葉を続ける。
「……解ってる。望むだけで構わない。頼む。――それとも君はもう、戻りたくは、ない？」
「……それ、は……」
（だがそんな事、出来る筈も無い――）
そんな気持ちを見透かす様に。
「グレミオは戻って来たよ。……僕は、君を諦めない」
テッドは、溜め息をつくようにして、
「デュオン……俺なんか戻ってもいい事無いだろ？」
そう言った。
「……何で？」
睨む様に問い返す。
「俺が在なければ、あんな風に傷付く事も、身近で大事なものを失くす事も無かったんだ」
デュオンは首を横に振った。
「違う。俺が選んだんだ。――あの国を救いたかった。身近な人達を助けたかった。それは嘘なんかじゃない。君が在なくても、きっと何時か選んでたよ」
（でも……！）
少なくとも、あんな形でなかっただろう事は、確かだ。
デュオンは構わず言葉を紡ぐ。
「守れなかったものも、壊したものも、失くしたものも、もう……後悔したくない。でも……一つだけ、諦め切れない。ずっと……後悔してた。……君を、失くした事。もっとはやく気づけば良かった。僕は君の願いだけじゃなく、君自身を守りたかった。あの時、逃げたくなかったし、あの谷の時も、本当は……僕は君を半殺しにしてでも支配の紋章の力を断ち切るつもりでいたんだ」
語られる、決意の瞳。
「デュオン……」
デュオンの瞳から険しさが薄れ、替わりに明るい表情が覗く。
「今なら、信じてくれる？ 僕は、例え国を敵に回したって、負けない。……僕は……大丈夫だから」
「デュオン。俺はさ、正直自身無かったよ。お前の傍で、段々紋章の力が強くなって……それでも彼の場所（あそこ）を離れたくなかった。……馬鹿だよな。本当は……紋章も、世界も如何でも良かったんだ。俺は、あの時お前だけはソウルイーターに喰わせたくなかったんだ……。お前に、生きてて欲しかった。……ゴメンな、辛い思いさせちまって」
「……辛いのは、そんな事じゃないよ。僕も君に、生きて欲しいと望んでた」
デュオンの瞳に哀しみが見える。
「……そうだな、知ってたよ。いや……あの時、お前の顔を見て気付いたんだ。もう……遅かったけどな」
自分の行為がどれだけデュオンの精神を闇の底に堕とす頃だったのか。
気づいた時はもう……
「……遅くないよ」
テッドはデュオンを見上げる。
デュオンは繰り返し、言葉を告げる。
「……遅くないよ。だから……望んでくれる？ 君にとって……生きる事は辛い事だったと思うし……僕は未だ全然解ってないのかも知れないけど。僕は君と、もう一度、一緒に旅したい」
「デュオン……なぁ、本当に怒ってないか？」
「少なくとも君が言うような意味では怒ってない」
「……」
「解んないかなぁ、怒ってるのは、テッドと一緒に在たいからだよ！」
昔と同じ、屈託の無い言い方。
「デュオン……赦してくれるのか？」
「最初から、テッドの所為なんて、思ってない」
「俺は……人殺しだ」
「……知ってるよ。……僕もそうだし」
「俺に……そんな資格があるのか？」
「ある。」
「本当に？」
「絶対。だって僕が望むんだから」
デュオンはそう言うと屈託の無い笑顔を見せた。
あの頃と、同じ様に。
テッドは、デュオンにつられる様に眼を細めて。
「そうか……」
とつぶやく。
だが、デュオンの笑顔がどれほどの哀しみを超えて来たものなのか、テッドには少なくとも察する事位は出来た。
あの時、デュオンの光る様に閽い閽い瞳を覗き込んでしまっていたから。
そして、その原因を作ったのが自分である事も。
（それでも望んでいいのか？ お前と一緒に生きたいって……）
「……望んでも叶うとは限らないだろ？ それでも、いいのか？」
「君が、望んでくれるなら、大丈夫」
明るさと、強さを含んだ瞳。
「……強いな」
正直に感想を告げる。
「テッドのお陰」
「え？」
「ずっとさ、不思議だった。何で君があんな風に笑えてたのか。何だかんだ言いつつ、ずっと傍に在てくれてたよね。……君の方が強いと思う」
「お前のお陰だよ。……親友」
「そうだな、じゃあ……戻って来いよ？」
テッドは思案するような表情で、
「なぁデュオン……それって俺の〝一生のお願い〟位大事な願いか？」
「うん」
「……解った」
テッドはデュオンの背に腕をまわした。
「俺も望むよ。お前と一緒に……生きたい」
（……そう、お前が在て、それを望むなら……俺も……生きていたい）
何時だってデュオンは自分を彼の場所へ引き寄せてくれた。
（……そうだよな『お前なら』そう思うのに理由なんか必要無かった）
デュオンはテッドの手を握って。
「……行こう。……あの時みたいにもし途中ではぐれてしまっても大丈夫だよね」
「ああ」
そう言ってデュオンを見詰める眼には、揺るぎない程の信頼と光が見える。
テッドもデュオンの手をぎゅっと握り返した。
それを見て、デュオンはようやく、少しだけテッドに近付けたのだと思った。