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Ｓｉｄｅ Ｂ ２６
辺りは夜のような暗闇が広がっている。
すると、前方の一箇所がほんのり明るくなっていた。
そして、その場所に立つ、一つの人影。
棍にマント。旅装束の……自分の姿。
手に石のようなものを持って、それを透かし見ている。――透明な、緑の輝き。
……あれは……あの時の。
そうか。
あれは……過去の、僕だ。
そう、僕はあの時――。
己の中の記憶に意識を向けると、もう一カ所、光の空間が広がった。
草原、だ。
草原を少し離れた場所に、瓦屋根の街並みが見える。
覚えのある風景。
そこに、二つの人影があった。
かつての僕と、出会って間もない頃の、懐かしさを感じるルックの姿だった――。
「あんた、首に何か提げてる？」
緑の魔法使いのセリフ。
襟許から僅かに覘（のぞ）いた紐のような物にルックが目を止める。
その言葉に、仕舞っていた筈の紐が、覘いていた事に気付く。
「――ああ、オデッサのイヤリングだよ」
言いつつ、胸元から紐を引き出す。
「解放軍を引き継ぐ時受け取った、リーダーの印、かな」
「それ、首に提げる物じゃないだろ」
ルックの指摘に、少し肩を上げて答える。
「そうなんだけど、付けて動くと気になってさ。戦う時は特に。本来何か付けて戦ったりしてなかったし」
するとルックはひょいと上眼使いに視線を投げて、
「へぇ、本当にそれだけ？」
と、人を喰ったような視線を向ける。
「……うーん。正直、ちょっと重いかな。……見かけよりもね」
少し見透かされたような気分で、困った風に本音を語る。
でも、本当に、見かけよりも、中身が重いんだ。
フリックなんか、見る度に目くじら立てるし。
――だけど、引き継いだ大事な物だ。
ぎゅっとイヤリングを握り込む。
「ふうん……」
ルックは興味なさそうに合づちを打ったけれど。
「案外、似合いそうなのに」
ぽつり、とつぶやく。
「え？」
「その色」
視線を向けると、ルックは少々皮肉気とも取れる微笑みをこっちに向けた。
『にこっ』と『にやっ』の中間位の微妙な微笑み。
僕をからかっている風に見えなくもないけれど。
だが、こんな表情見せる奴が、他にこの軍に在るだろうか？
何だか緊張が解けた風に、つられて微笑う。
「そう？ ――ルックなら、緑の方が似合いそうだな」
赤い色を目の辺りで揺らせながら、笑ってみせる。
「何で僕の話になるのさ？」
ルックは嫌そうに言った。
「ルックが振ったんじゃないか」
「関係無いよ」
突き放すようにフイッと背を向ける。
その背に楽しそうに笑みを送る自分が在た――――。
そう、だから、あの石を見た時、そのことを思い出したんだ……。
人を避けながらも、どこかで諦め切れていない、自分が、そこに在たんだ。
だから――。
その思考に触発されたかのように。
――続けて、過去の光景が浮かび上がる。
あれは、同盟軍本拠地。
十五年前の、リアン達の城だ――。
石板の前に、ルックと自分の姿がある。
けれど、先程の光景とは違い、ルックの眼差しは鋭さを帯びて、自分も又、表情に影を帯びていた。
「良く――来る気になったね、もう……関係ないだろ？」
石板の前に立つルックの言葉に、多少の厳しさが混ざる。
今回は宿星でもないのに、何故来る気になったのか、と――――。
「又――繰り返すつもり？」
ルックの言葉は、いつだってシビアな現実を映す。
身近な人間に、〝死〟を。
「君が近付けば――彼等を〝喰らう〟」
ルックの言葉に僅かに痛みを感じて、ピクリと表情を引き締める。――だが。
「君は――」
「――ルック」
言い掛けたルックの言葉を遮って差し出す。
「――これを」
「？」
「君の方が合うと思うから――やる」
「合う？」
答えにならない反応に、ルックは多少いぶかりつつも、差し出された物を受け取る。
「！」
渡されたイヤリングのデザインに、見覚えがあったらしいルックは、嫌そうな顔をする。
「何で、この形なのさ」
悪趣味、とルックは眉を寄せて訊ねた。
それは色こそ違うが、解放軍のリーダー、オデッサのイヤリングと同じデザインだ。
オリジナルとは違い、微かな魔力を感じるそれは、透明な緑の光を宿している。
その時の思考を全て説明するには、時間が足りないのだけど。
軽く頭を振って、先に結論だけ告げた。
「それしか、思い付かなかった。昔――君が似合うって言ってくれたの、思い出したんだ」
それは静かで、重さを含んだ言葉。
あの時、受け取った重さとか、覚悟とか、躊躇（ためら）いとか。
共有した、過去の記憶。
「だからって……」
ルックが言葉を返すより先に、ルックを見据え、言葉をつづる。
「もらってよ。――付けろとは言わない」
「……」
「徒――忘れたくないから」
あの頃の、覚悟も、絆も。
そして今、危険を知りつつ、踏み出そうとする気持ちも。
「――――」
ルックは眉を寄せたまま、それを見ていたけれど。
やがて厳しい表情で、イヤリングを手の中に握り込んだ。
「君は僕の役目の敵だよ」
ルックはそう言うと、城の奥へと姿を消した。
「――――」
解ってる、君はそれでいい。
僕は、静かにその背を見送ると、入り口の方へと向きを変えた。
すると、ルックが去った方向とは逆の通路から、足音が聞こえた――。
姿を現したのは、リアンだった。
城で同盟軍のリーダーをやっていた頃の、リアンの姿――。
僕が、もう一度、誰かと関わる事を決めた、その切っかけをくれた存在。
「あれ、いないや……あ、デュオンさん、ルック見なかったですか？」
石板の前を見渡して、リアンは訊ねた。
「さっき、向こうに」
僕が示した方向を見て、
「そっか……自室かな、ありがと、デュオンさん」
リアンはそう言うと石板を後にした。
だが、過去のシーンはそこで終わらなかった。
夜の城、夜半に近い時間に城の主が扉を叩く。
「ルック、いいかな」
僕の姿はないが、過去の映像は続く。
僕の思考に反応していたように見えたが、
これは、僕の記憶ではない？
だとしたら――
がちゃり、と扉が開く音に、思考を止めて、眼を向ける。
「何、何か用？」
扉を開けたルックは、いつもの魔法使いのローブではなく、軽い上着とズボン姿の私服だった。
――態度はいつも通りだったけれど。
「うん――」
切り出そうとしたリアンは、ルックの胸元で揺れた光に目を止めた。
「……綺麗だね、それ。ペンダント――じゃなくて、イヤリング？」
ルックは仕方ないといった風に秘かに息をつく。
「ああ、少しだけど、魔力を高めるんだ」
――律儀に、持っていたのか。
「へぇ……付けたら？ 似合うと思うよ」
リアンは首を傾けて耳を指す。
ルックはあからさまに溜め息をついた。
「そしたら業務命令（きみから）の装備品が付けられないだろ」
「あ、そっか。――でも魔力上がるならそれでもいいよ」
「いい加減な事言わないでくれる？ これじゃ大したことにはならないし、第一、あんまり趣味じゃない」
「ふーん、それでも持ってるってことは、大事な物？」
「何でそうなるのさ。……むしろ因縁だろ。で、大体君は何しに来たって？ 用があったんじゃない訳？」
因縁、か。
確かにそうかも知れない。
ルックらしい切り返し方だ。
リアンは本来の用件を思い出した様子で。
「あ、そうだった。急で悪いんだけど、明日の遠征について来て欲しいんだ」
「そう、ついて行ってあげてもいいよ」
「良かった！ じゃあよろしくね。……あのさ、ルック」
リアンの声のトーンが変わる。
「？」
「〝因縁〟 って、〝避けられないこと〟って思う？」
リアンの方も、その言葉に引っかかったようだ。
「――君の友人の事？」
ルックが僅かに見透かす様な眼差しをする。
「――――」
リアンは、躊躇（ためら）うような表情を見せたが、言葉にはしなかった。
だけどそれは、ルックには肯定と同じ意味で伝わったようだ。
「君次第だろう、そんな物、少なくとも他人が決めることじゃない」
「――うん、――――」
リアンは未だ、引っかかることがあるようで、考え込んでいる。
「言っとくけど、他人の期待なんて君を救うとは限らないんだ。よく考えるんだね」
その言葉に、リアンが顔を上げる。
「う……ん、ありがと……」
ちょっと鳩が豆鉄砲みたいな顔をしているリアンに、ルックが横目で視線をよこす。
「じゃあね」
さっさと戻れと言わんばかりの口調に、リアンの様子も元のままになって、
「うん、お休み」
と、踵を返した。
その背を見遣って、ルックがつぶやく。
「――前以上かもな、あれは」
溜め息混じりに、イヤリングを指先で摘み上げる。
半眼でそれを見詰めて。
「別に大事な訳じゃないんだけどね。―――〝これ〟を捨てる程、僕は鬼じゃないよ」
少し上目遣いに、ルックはつぶやいた――。
今のは――
自分の記憶ではない。
だとしたら――
今まで出て来た人物から考えると――ルックの記憶？
それとも――？
違う、何かなのだろうか。
いや、今は何でもいい。
ここが、過去の記憶を映すのだとしたら。
――辺りはいつの間にか、薄闇に戻っている。
自分は再び、足を踏み出す。
もっと奥、確信の記憶を、探さなければ――。
薄闇の中、白い欠片のようなものが舞い落ちている。
――これも、誰かの記憶だろうか。
ズウンッ！
！？
突然、空間全体が軋むように足元が揺らいだ。
何か起きたのか？
だが、続けて、温かい波動が、波紋のように辺りの空間に広がった。
――覚えのある、波動だ。
リアンの――輝く盾。
その気配は、水面に落ちる水滴のように、光の波長を伝え続け、僕の背を押した。
そう、もっと奥に、辿り着ける筈――。
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