（P１）
想い
「伏せろ！」
大気がはぜる瞬間の気配を察知して、とっさに叫ぶと同時に、デュオン自身も横から覆いかぶさってきた影に、地面に衝突するように伏せさせられていた。
制御を失った〝風〟が、敵味方構わず空間を蹴散らしていく。デュオンの間近でも空気が裂ける。それはほんの数秒の出来事だったが、一瞬さえ酷く長い時間のようにデュオンには感じられた。
そして、〝風〟の暴発が通り過ぎてようやく、デュオンは自分に覆いかぶさって来た影の正体に気づいた。そしてその背に大きな風の傷が刻まれて流血していることにも。
それは事もあろうに、同盟軍の軍主、その人だった。
「リアン！」
呼びかけても反応が返って来ない。僅かな焦りと共に、リアンの下敷きになった状態のままで、デュオンは左手に宿していた流水の紋章を発動し、リアンを回復する。
「しっかりしろ、リアン……！」
「……」
一方、珍しく暴発などという失態をさらしたルックは、僅かに苦々しく眉間に縦じわを刻んで呟く。
「だから期待するなって言ったのに」
デュオンの左手の魔力が収まると、リアンが身じろぐ。
「……あ……、大丈夫ですか？ デュオンさん」
今は同盟軍の客人という立場にいるデュオンは、少し困って眉根を寄せ、口を開く。
「それはこっちのセリフだよ。気持ちは良く解るし、感謝もするが……、少し、軽率だぞ」
するとリアンは少しシュンとなって視線を落とす。
「はい……すみません。身体が勝手に動いちゃって」
「僕には謝らなくてもいいけどな」
デュオンは立ち上がると、リアンの手を取って引き上げ、全身を確認する。
「何ともないか？」
「はい、もう大丈夫です。ありがとうございますデュオンさん」
「いや、今回は僕のせいだからな。僕も気をつけるよ」
すると、小気味よい金属の音を立てて、二人の頭上にロッドが落とされる。
「甘い、甘いよ。ここはリアンの軍主としての自覚のなさをいさめる所だろう？」
「ルック……。じゃあ、一つだけ。リアン、君は破魔の紋章つけてるんだから、戦闘不能にならないように気をつけなよ」
「違うだろ！」
再び振り下ろされたロッドを腕でいなし、デュオンは何となく息苦しさを覚えながらも言葉を吐き出す。
「……仕方ないだろう。気持ち自体は……良く解るんだから」
その言葉は、デュオン自身はそれを行動には表せていなかったことを意味していた。少なくとも己がリーダーだった頃は。
どれだけ身をていして護りたいと願っただろう。仲間を犠牲にすらして来たデュオンにはリアンは眩しすぎる。
「リアンをいさめるのは……僕の役目じゃないよ」
「この、バカリーダー共が……！」
「でも、リアン」
デュオンが言葉を続ける。
「君にとって、一番大切なものを――見失わないようにな」
「デュオンさん……。みんな大切じゃ、駄目なんですか？」
「……」
「デュオンさんも、仲間も、ジョウイも……全部大切じゃ駄目ですか？」
ルックは軽く鼻を鳴らして、そっぽを向く。
「そんな事言って、全部なくしてからじゃ遅いんだよ」
だがデュオンは、微かに眩しく眼を細めた後、真剣な眼差しで応えた。
「それが、君の想いなら、僕は応援するよ」
「はい！」
「！」
リアンは嬉しそうに、ルックは嫌そうにデュオンに視線を向ける。
「じゃあ、僕先に城に戻ってお茶の準備してもらいますね。本拠地もうすぐそこだし」
言うがはやいか、リアンは城に向かって駆けだして行く。
「うかつに一人になるんじゃないよ、全く」
ルックの言葉も聞こえちゃいない。
「この距離なら大丈夫だろ」
リアンを見送ったデュオンは、チラリと真剣な表情でルックを見遣った。
「ルック……何かあったか？ 魔力が不安定だぞ」
「……」
ルックは嫌な所に足を突っ込まれたとばかりにデュオンを睨んだ。
「もしかしてだけど、ハイランドに来てたハルモニアの……」
「言うな！」
厳しい拒絶にデュオンはため息をついて。
「分かったよ。君が訊かれたくないなら、言わない。だけど、分かって欲しいんだけど」
デュオンは真っ直ぐにルックを見据えた。
「僕は、君を信頼してる。だから共にいたい」
「その、右手の紋章を抑えるためじゃないの？」
「確かに、最初、半分はそうだったよ。でも真持ちなら誰でも良かった訳じゃない。君だからだ」
「……」
「僕は、君を認めている。だから共に戦いたい」
デュオンはさらに言葉を募る。
「僕は、君が大事だ。だから力になりたいんだ」
デュオンは両手でルックの右手を取った。ルックが微かに眼を見開くのと同時に、デュオンの静かだが暖かな魔力がルックへと流れ、包み込む。ルックは僅かに手を動かしかけたが、結局デュオンの手は振り払わなかった。やがて、不安定に揺らいでいたルックの魔力は、元の平静さを取り戻した。
ルックは離された手を眺めながら、不本意そうに言う。
「礼は言わないよ。けど、今までの貸しは無しにしておいてあげるよ」
「ああ」
「全く、君は嫌な奴だね。僕を責める役もやらないつもり？」
「うん、リアンも気にしてないみたいだしね」
「あんなバカリーダーと一緒にしないでよ」
「さあ、そろそろ行こう。リアンが待ってる」
「仕方ないね」
ルックが風を切って城へと歩き出す。デュオンも直ぐに隣へと歩を進めた。
リアンとの穏やかな一時を過ごすために――。