（P１）
不老について
空は晴天。
そこは気持ちの良い風が吹いていた。
――少し嫌になる位に。
「なぁ、どうして話したんだ？ ……カスミにさ」
何を、とはデュオンは言わなかった。
だが、ルックには通じた様子で。
「ああ、あんたが歳を取らないこと？ そんなの先に知っておいた方がいいだろ？ 深入りする前にさ」
〝どうせ無駄なんだから止めておいた方が良いよ。あいつは歳を取らない。そもそも生きる時間が違うんだから〟と。
ルックはそう言ったらしい。
「……そうかな」
デュオンはそれでも自分はテッドなら構わなかっただろうな、と言う想いが過ぎった。
「でもまさか、君が動くとは思わなかったよ」
デュオンの声は少し不満そうだった。
「ふぅん、余計だった？」
ルックがそう言うと、デュオンは考えるように目を伏せた。
「……どうかな……本当はさ、誰にどう思われてもいいと思ってた。けど、仲間内に気にされるのは、ちょっとな……」
デュオンは言葉を濁した。
「気にしない他の連中の方が鈍すぎるんだよ」
「そうだな。だから……少し忘れてたよ。多分俺は未だ全然解ってないんだろうけど……」
不老の意味も、その本当の辛さも。
未だ、たった三年だ。
「……好きなの？ カスミのこと」
ストレートなルックの問いに、デュオンは淀みなく答えた。
「仲間としてはな」
大事な、守るべき仲間。だけど、同じベクトルでは想えない。
これは、そう言うことだ。
脈なしだな、これは。
ルックは密かにそう思った。
そう言えばシーナが〝あいつは年上好きだ！〟とか叫んでたっけ。
デュオンは溜め息をついて。
「……正直、ちょっと気まずかったよ。……ルックはさ、もう少し背が欲しかったとか思わない？」
そう言ってルックの隣で視線を合わせるデュオンの背丈は、辛うじてルックよりも少し高い。
「別に……考えたって仕方ないだろ」
「まぁ、そうなんだけどな」
「失敗したと思ってる？」
「いいや」
デュオンは静かに即答する。
「だったら背丈の一つや二つ、我慢するんだね」
「そうだな。――良い天気だな……」
「まぁね」
「……ありがとうな、ルック」
「は？ 何がさ」
「俺がリアンの所に来ることを赦してくれて」
「別に、赦してる訳じゃない」
「うん、知ってる。……だから傍に在てくれてるんだろ？」
リアンの仲間達との間のワンクッションになってくれているのだろうと、そう言っているのだ。
「危険な物を見張ってるだけだよ」
「うん、だけど、それだけだと少し寂しいな」
「何言ってるのさ」
呆れたようなルックの言葉。
「――嬉しかったよ、君がこの紋章には負けないって言ってくれたこと。だから……ありがとう」
デュオンは柔らかく微笑んだ。
「なっ……そんな昔のこと良く憶えてるよね」
ルックは僅かに驚き狼狽えた。
「まぁ……あの頃は色々あったからね。――リアンには、こっち側に来て欲しくはないんだよ」
デュオンの声に哀しみと真剣味が帯びる。
「……」
「だから、出来るだけのことはするつもりなんだ」
「相変わらず、お人好しだね」
「まぁ、リアンだから」
と、デュオンは良く解らないことを言う。
「何それ」
「リアンの人徳だよ、きっとね」
「ふうん」
「君となら、長い付き合いが出来そうかな」
「さぁね、戦争なんかやってるんだ、解らないよ」
デュオンはそうだな、とつぶやく。
「――けどルック。君には僕と言うリスクが付いてる」
在なくなると困るんだ、とデュオンは言う。
「勝手に人をストッパーにするのは止めてくれない？」
「勿論自分でも出来るだけ何とかするつもりだよ？ ただ知っていて貰いたかっただけだ」
――その危険性を知っている君に、自分の選択を。
「あっそう。――そうしてよ？」
「ああ」
デュオンは少し間を開けた後、付け足した。
「……一応言っとくけど、そのためだけで君の所に来てる訳じゃないからな？」
「……解ってる、よ」
今度はルックが嫌そうに溜め息をついた。
「何その嫌そうな顔」
「別に？ 鬱陶しいのが嫌なだけだよ」
「あっそ、来られるの、迷惑？」
横目で顔を見ながらそう問うと。
「迷惑。」
きっぱり言い切るルック。
「相変わらず素直じゃないなぁ」
デュオンは苦笑気味だ。
「本心。」
「嘘ばっかり」
「本当だよ」
「じゃあそう言うことにしておくよ」
たわいもない軽口の応酬の後。
二人はそのまま、しばらく日光の下で佇んでいた。
沈黙が気詰まりじゃないのは確かで、ルックは眼を閉じる。
いつからなんだろう。
この存在が個人的に傍に在ても構わなくなったのは。
最初はお互いハタ迷惑なことばかりしていたような気もするが。
解放戦争でのことが、頭を過ぎった。
クレイドールぶちかましたり、激マズ料理食べさせられて、城の壁を壊したり。
それでも手を差し伸べて来たデュオンに、後半、微かに同情めいた気持ちを感じたのは、絶対の秘密だ。
そしてその生きざまに惹かれたことも。
暫くして、デュオンが口を開いた。
「……そろそろ戻った方が良いんじゃない？ 石版の前にさ」
魔法兵団長さん、と冗談めかしたデュオンのセリフに、ルックは息をついて。
「ああ、そうさせて貰うよ」
と、答えた。